【戦争の本質見きわめ
声を出していかなければ】
/////故・美輪明宏さん
戦争中、汽車で出征する兵士を見送ったときに、デッキにいた兵士の母が「死ぬんじゃないよ」と大声で叫んでいました。
すぐ憲兵が来て、その母をたたいていましたが、その時の光景が忘れられません。
どこのだれがわが子にむかって“立派に死んでいらっしゃい”ということを本音でいえますか。
戦争中は、社会がウソをつくことを強いていた。”でまかし社会”だったんです。
いま、自民党の人たちなど海外派兵をいう人がいますが、とんでもない。
自分たちは絶対兵隊にいかずにすむという保障された場にいるから、こんなのんきなことをいっていられるわけです。
そんなにいうなら、自分たちが子どもも家族も
全部つれてからまずいらっしてください、といいたいのです。
そうです。先ずは言い出しっぺが一番前に立ち戦うべきなのです。
戦争をなくすにはまずどうしたらいいか。
私は、“言葉の過重包装”をひんむいて本質を
見きわめることが大切だと思います。
戦争は何をするかというと、大量殺人と
破壊ですよ。
兵器は個人が使ったら凶器になります。
演習は殺しの練習です。
"自衛隊募集”なんてかっこいいですけど、
”殺し屋募集”っていったら、だれも応募する人はいないと思います。
それを言葉ですりかえちやって、大量殺人という犯罪をやってもいいような錯覚を、おこさせているわけです。
そもそも戦争は、軍需産業にかかわる一部の
死の商人・財閥たちが、国家が疲弊しようが、
人が何人死のうが、
自分たちさえもうかればいいと、
全世界で起こしているんですね。
でも、今まで軍事政権の国で栄えた国は一つもないんです。
戦争の本質を徹底的に明らかにして、気づいたところから声にしていかなければならないと
思います。
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美輪明宏さんの語りは、戦争を「歴史」ではなく、人の叫びと痛みの記憶として私たちの前に置いてきます。
汽車のデッキで母が叫んだ「死ぬんじゃないよ」。
その一言が憲兵に叩かれる光景は、戦争がまず最初に奪うのは本音を言う自由なのだと、
静かに教えてくれます。
このコラムが突きつけるのは、戦争が
「国家の決断」などという抽象語ではなく、
大量殺人と破壊という現実そのものだという事実です。
その本質を覆い隠すために、社会は言葉を包装し、すり替え、柔らかく見せかける。
「自衛隊募集」と言えば聞こえは良いが、「殺し屋募集」と言えば誰も応募しない。
その落差こそが、言葉の力で現実をねじ曲げる危うさを示しています。
また、戦争が「国家のため」ではなく、
一部の軍需産業が利益を得るために世界で繰り返されてきた構造であるという指摘は、
感情論ではなく、冷静な現実認識として重く響きます。
僕が管理者として強調したいのは、
美輪明宏さんのこのコラムが「反戦」を叫ぶだけではなく、
言葉の本質を見抜くことが、戦争を遠ざける最初の一歩であると示している点です。
社会がどんな言葉を使い、何を隠し、何を美化しているのか。
その違和感に気づいた人から声を上げていくこと。
その積み重ねこそが、戦争を許さない社会をつくる力になるのだと思います。
Matsuko (管理者)
戦争は破壊でしか無く‼️
564合いだ‼️
何も生まれない‼️