こんにちは
naomi です。
今日は今数秘アドバンスクラスで学ばれている生徒さん鈴木早苗さんの数秘で紐解くバイオグラフィーのご紹介です。
樹木希林さんと同じ5を持つ早苗さん
5を持つ方は 頭の回転が速く鋭い分析で物事を捉える力があると言われています。
そんな切れ味鋭い彼女のレポートぜひ読んでみてください。
樹木希林 女優
本名 中谷 啓子
1943年 1月15日東京都生まれ
2018年 9月15日永眠(享年75)
誕生数 15-6
生まれ持った資質、個性 生きる才能
怪女優から演技派女優へと活躍され、独特の存在感をあらわす希林さん。
歳を重ねるごとに魅力が溢れ、自然体の演技がより多くの人の心をつかみます。
女優という華やかな世界にいながらも、私生活は飾らずに見栄や世間体にとらわれなかった。
世間体よりも「人としてどう生きるか?」自分の在り方を大事にした希林さんは
究極の愛をテーマにもち、真と善と美の調和を人生をかけて成し遂げます。
運命数 5
人生における使命、社会的役割、何を実現していくか
父親は所轄の刑事でしたが結婚後に刑事を辞め、伝統楽器である薩摩琵琶奏者となり毎日を演奏に没頭して過ごす
母親は神保町でカフェ経営など他にも事業を手掛け、とてもパワフルな女性で希林さんの父親とは再々婚。
働かない父親でも優しい人柄に人としても夫としてもとことん惚れ込んでいた母親。
両親の仲はとても良かった
「一家の大黒柱が歪んでいても、土台(母親)がしっかりしていれば家はなんとか立っていられる」と。
家族を通して学ぶことが多い#5、母親の信念を感じながら希林さん自身の夫婦の在り方、家族の在り方となる
ソウル数 5
魂の欲求、強い内的な願望
子供の頃の希林さんは人と馴染めず、しゃべれず、友達もいなかったので次第に人を引いて見るように、
批判的で分析的#5のもつ未熟の側面
「自分は変わった人間で生きることへのしんどさを子供のころから抱えてここまで生きてきた」と。
いつからか自分の心の声に気付きだし、エゴや植え付けられた信念、不安や恐れがゆれ動き
矛盾が火種を育てたのかもしれません
その火種は夫、内田裕也さんの存在で感情として解放されます
希林さんの中に何かどうにもならない混沌とした部分があってそれが内田裕也さんという常にカッカしている人とぶつかり合うことで浄化される。
若い頃は裡にマグマみたいな激しい感情や自我を抱えていて、『こんな状態でどうやって生きて行けばいいんだろう』と
戸惑っていた希林さんに更に激しい自我を持つ内田さんに出会ったことで楽な気持ちになり、救われたのは希林さんの方。
人格数 18-9
表面的人格、気付かないうちに身につけてしまった第一印象
すべてに共感能力が高い包容力、幅広い人と交流ができ人当たりも良く魅力的で才能豊かな部分は
芸能界で活かされる
弱冠20歳のときに名優・森繁久彌氏によってその才能を見出されます
鬼才・勝新太郎氏には‘みんなお前の芝居を真似て出てきたがお前を超えているのは一人もいない‘と言われ
北野武氏からは‘普通に役者と出ると差がつきすぎちゃう‘とまで言われた女優でした
実現可能数 11-2
最終的に目指すところ
#2感受性(霊性)の振幅が増しさらなる内面への探求へ向かう意識
#11ヴァイブレーションが最も高次の段階、人と天を結ぶ波動
創造性とカリスマ性があるので世の中に貢献できる人です。40歳くらいまで受け身の人生だった希林さんは
自分の信念を徹底的にみていき人生の後半から見事に才能を活かされたのではないでしょうか
ステージ数(活躍の舞台) 13-4
頑固と執着をくつがえしていく、いらない価値観をすてていくことで拡大、成長していく
#13カルミックナンバー(前世の清算)は魂が上を目指すものをもってきている修行のナンバーで
破壊と創造を繰り返しながら常に学びを喚起させられる
障害の度に変容して自分の内側を安定させる
チャレンジ数(チャレンジする課題) 10-1
絶対性、何もないところからオリジナリティーを創り出す
#10カルミックナンバー恵まれた環境で育つも、ある時「本当の自分は?」と気付き前世でやり残したカルマや
目的を今生で果たす、人道的な目的や人に癒しを与える方向へ向かうことが多い
直観を使って表現していくこと
ネイチャー数(素質、自然体の自分) 5
自由、器用で多才、適応力と柔軟性、チャレンジ
「女優とは」にとらわれず、31歳で『寺内貫太郎一家』主人公・貫太郎の母役として「老け役」を務める
アクション数(行動パターン) 3
感性の豊かさ、表現力、楽観性、社交的、遊び心、陽気で人を和ませる
謙虚で控えめですが自分が楽しみながら人に喜びを与えられる人です
タイプⅡ
9項目に及ぶ、その人の「特質」を知ることが可能です
#0、#1は特質的、#5を超えた場合は特質的な「個性」としてフォーカスします
希林さんは#0 #1 #5はもっておらず、#2×3、#3×3、#4×3 なので3番的な要素に着目します
笑うことがテーマの#3、明るく楽しみながら過ごすこと自分を表現することで循環していきます
出来ることをコツコツやることで更に花開いていきます
History
☆0-30歳
Cycle(テーマ)#1 新しいことへの計画、種まき、不要なものを整理して新たなステップへ
Pinnacle(状況)#16-7 探求心、分析力と直観力、#16真理の探究
傷ついたり傷つけられたり、間違った「愛や信頼」の価値を修正するため多くの体験をする
Challenge(課題)#5 家族から学ぶ、運命的トラブルパターンを越えていく
1961年 18歳
高校生で演劇部に在籍していた希林さんは薬剤師になりたくて大学を目指すも受験直前にスキーで骨折し、それが原因で大学受験を諦め、文学座附属演劇研究所に一期生として入り「悠木千帆」の名義で女優活動開始する
1964年 21歳
テレビドラマ ナショナル劇場『七人の孫』第一シリーズがスタート。
俳優・森繁久彌と初共演。#1は人生に影響を与える大物との出会いでもある。
文学座の同期・岸田森と結婚(YearCycle#18)精神的な繋がり絆の深い結婚
1966年 23歳
文学座を退団し、夫の岸田森らと劇団『六月劇場』を旗揚げする
(YearCycle#20)協調性や結合、協力で変化を受け入れていく
1968年 25歳
岸田森と離婚、嫁姑問題が原因
(YearCycle#22)現実的な問題を冷静に対処して見直していくことで新しいスタートへ
1970年 27歳
映画『男はつらいよ フーテンの寅』公開、渥美清と共演
テレビドラマ 水曜劇場『時間ですよ』第1シリーズがスタート、堺正章らと共演する
1973年 30歳
ロックミュージシャン内田裕也と結婚
『時間ですよ』第3シリーズの現場で出会う。共演者のかまやつひろしさんの友人である内田裕也さんが見学に来たのが
出会いのきっかけになる
初めてのデートの翌日に裕也さんから希林さんへプロポーズ、お互い一目惚れでその5ヶ月後にスピード婚をされます
(YearCycle#27)思いやり深く包み込む愛 絆の深い結婚は、好きすぎて周りが見えないというよりも
魂の結びつき、直観で惹かれあったと感じます
30歳までに自分の人生を表現する舞台(基盤)を築きながら、家族やパートナーを通して自分を内省していくために
2度の結婚など経験し、傷ついたり傷つけられたりしながら多くを体験し何度も価値観を変えて真理を探究する
希林さんの両親はどんな時もいつも笑って「あんたは大したもんだ!」と認めてくれた
その教育のおかげで大人になってからも周りと自分を比べて恥ずかしいと思うことはなかった
この希林さんの自己価値観が先の唯一無二の女優を確立していきます
☆31-39歳
Cycle#15-6 自分の内側に触れて内面の学びをするといい時期
Pinnacle#14-5 新しい風、環境の変動、自由、#14「自由とは何か?」を家族から学ぶ
Challenge#2 変化を受け入れる、穏やかさと妥協、見守る時期
1974年 31歳 テレビドラマ『寺内貫太郎一家』始まる
小林亞聖演じる石屋の主人公・貫太郎の母役・きん(老け役)を務め高い評価を得る
1975年 32歳 結婚からわずか1年半で内田裕也さんの暴力が原因で別居
1976年 33歳 長女 也哉子が生まれる
1977年 34歳 日本教育テレビが社名局名を全国朝日放送に変更する際に放送された記念番組のオークションコーナーで自身の芸名「悠木千帆」を出品。名前は2万2000円で落札され、その後「樹木希林」と改名する。
「樹や木が集まり、希な林を作る」という連想
1981年 38歳 内田裕也さんが無断で離婚届を提出しハワイへ逃げるという考えられない行動へ
希林さんは離婚無効の訴訟を起こし勝訴し、ふたりは戸籍上は夫婦のままを維持する
1ヶ月に1回ほど連絡を取り合う別居の関係を40年以上も続けることとなります
変化を受け入れて見守る時期ですが、希林さんの揺るがない信念は貫かれているのではないでしょうか
#14-5はドラマチックに余儀ない変化を受け入れていく、衝動的な欲求を克服すること、危険思想などの体験によって
真の自由とは何かを学んでいきます
そして#14-5を誕生数にもつ内田裕也さんは危なっかしくてとても魅力的だったのだと思います
☆40-48歳
Cycle#15-6
Pinnacle#12-3 開花を楽しみ更に創造力を発展し豊かさを受け入れる
Challenge#3 具体的な計画、視野の拡大、コツコツやる
40歳でYearCycle 2桁が終わります
#3の明るいバイブレーションで楽観的に過ごす、自分が楽しむことで循環していきます
希林さん自身が輝くことで周りを照らしていくのです
1986年 43歳 NHK連続テレビ小説『はね駒』始まる、第37回芸術選奨文部大臣賞受賞
1988年 45歳 YearCycle#6は出会いと別れを経て拡大していく
「自分と縁のあった人達は皆キラキラしてほしいし、頂戴した命を生かしてほしい」そう考えたときに
マネージャーの人生を自分個人のために使う値打ちがあるだろうかと考え、27年間共にやってきたマネージャーと
別れ、事務所も解散する
1991年 48歳 実録犯罪史シリーズ『金の戦争』放映、北野武と共演
☆49歳-最終サイクルへ
Cycle#17-8 達成の時、今までやってきたことが現実となるのでバランスとコントロールとっていく
Pinnacle#18-9 サイクルの成就、完成、不必要なものは手放し本物を見抜く
Challenge#7 精神性への目覚め、枠を取っ払いより広い世界へ
人格数#9と重なります。ドランチックな人生を選んできている覚悟が見えてきて、より女優としても大活躍され
唯一無二の存在となり輝き続けます
昔は役者にとって舞台が一番で、映画やラジオは二流の役者、テレビは三流役者、だからCMなんて論外だった
でもあまのじゃくな希林さんは「みんながやらないのなら私がやります。」とCMに出演したのがきっかけで
『フジカラー』のCMなどで女性CMタレント好感度No.1となるのが59歳のとき。
2000年 60歳
網膜剥離で左目の視力を失うが公表せず、2004年に長嶋茂雄との対談本で明かします
2004年 61歳
乳がん見つかる。映画では『半落ち』で第26回ヨコハマ映画祭助演女優賞、
第28回日本アカデミー賞優秀助演女優賞、第59回日本放送映画芸術大賞優秀助演女優賞などを受賞
2005年 62歳
乳がんにより右乳房の全摘手術を受ける(YearCycle#5)、その後がんは全身へ転移します
3年ほどしてから別居中の裕也さんに一応報告する、そのあたりから何か雰囲気が変わってきて月に1度位は
食事を一緒にするようになっていき、「離婚しなくてよかったなぁ」って言ってもらえたそうです
いろいろあったけどそういうところへ着地したと希林さんは言われています
二人にしかわからない夫婦の形、魂のつながりを感じます
がんをきっかけに夫婦関係も生活習慣も、心の在りようもガランと変わった
自分というものはそんな立派なものじゃないとわかったら愕然として、気に入らない相手でも全面否定することもなくなった
がんのお陰で「死」までの準備ができるから有り難いという
網膜剥離の時は手術を拒否します、「これまで色々なものが見えすぎていた」
「これも人生。元々形あるものしか見てなかったけど、これで裏っかわにあるものを見ていくチャンスかな」と達観したコメント、
独特の人生観を感じさせられます
子供の頃からあまり丈夫ではなっかた希林さん、60歳を境に病気になりがちですが
お仕事では常に映画やドラマに出演されて、数々の賞を受賞していきます
2007年 64歳
映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』公開、娘の内田也哉子も出演
第31回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、第20回日刊スポーツ映画大賞助演女優賞、
第62回日本放送映画芸術大賞優秀助演女優賞など受賞
2008年 65歳
映画『歩いても 歩いても』公開
第30回ナント三大陸映画祭最優秀女優賞、第33回報知映画賞最優秀助演女優賞、
第82回キネマ旬報ベスト・テン日本映画助演女優賞、第32回日本アカデミー賞優秀助演女優賞、
第63回日本放送映画芸術大賞最優秀助演女優賞など受賞。秋の叙勲で紫綬褒章を受章する
2010年 67歳
映画『悪人』公開 第34回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞
2012年 69歳
映画『わが母の記』公開 第4回TAMA映画賞最優秀女優賞、
第25回日刊スポーツ映画大賞助演女優賞
2013年 70歳
YearCycle#13 自分で執着を手放すとき
第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞の受賞スピーチで全身がんであることを公表します
残りの人生を自分らしく生き切る決意と最後まで迷惑を掛けないように自分のことに責任をもつこと
関係者や俳優、役者仲間に対する礼儀とも感じます
誕生数#6の誠実さ、責任感、思いやりですね
2014年 71歳
秋の叙勲で旭日小綬章を受賞
2015年 72歳
映画『駆込み女と駆出し男』、『あん』、『海街 diary』 3作の演技で第7回TAMA映画賞最優秀女優賞、
映画『あん』で山路ふみ子映画女優賞、第40回報知映画賞主演女優賞
第39回日本アカデミー賞優秀主演女優賞など受賞します
2018年 75歳
映画『モリのいる場所』、『万引き家族』公開
ザ・ノンフィクション『転がる魂 内田裕也』のナレーションを担当する
2018年 75歳(YearCycle#9)
9月15日 東京都渋谷区の自宅にて家族に看取られながら永眠。
希林さんが初めて自ら企画も手掛けた映画 『エリカ38』(日比遊一監督)と、
ドイツ映画『Cherry Blossoms Demons』(ドリス・デリエ監督)が遺作となりました 2019年公開予定
最終サイクルで今までやってきたことが理想の形になり、バランスとコントロールを取りながら達成されました
どんどん執着を手放して、より自分のコアへ向かっていかれた希林さん
75歳で終わるのはまだ早いように感じますが、しっかりと魂を成長させて今生を生き切ったと私は感じます。
《リーディングを終えて》
樹木希林さんのリーディングをすることで私自身の気づきはとても大きかったです
コアナンバーの中に同じ#5があるだけですが、希林さんのBirth#6、Personality#9が
私の今のPinnacle#6とChallenge#9と重なります
希林さんは御両親に愛されて育ちました、そんな中でも「生きにくさ」を感じながら生きていたと言います
その言葉に衝撃を受けました、なぜなら私も家庭環境は良かったのに「生きにくい」と思いながら生きてきたから。
希林さんの中の「生きにくさ」はマグマだった。
優しい父、家庭を守る強い母のところではマグマは外へ出れなかった破壊が必要だった
自分よりも激しいものを持つ内田裕也さんに出会うことで希林さんのマグマは噴火できたのでしょう
裕也さんの中の「ひとかけら純なもの」を愛し、自分の在り方を貫いた生き方を私達に見せてくれました
女優にあぐらをかくことなく、与えられた場所で希林さんは自ら楽しんで輝いていた
私は#3があることを生かしてもっと楽しんでいくことを思い出させてもらいました
私の中の「生きにくさ」は生き方の模索からくるものでした、このリーディングを通して私はたくさんのギフトを頂きました
『自分を生きる』 答えはとってもシンプルです、でも難しい、、、
難しくって迷い込むことも多いけど、そんな時ほど自分の軸に戻ればいい
たくさんのヒーリングをかけてくれた今回のレポートは生涯私の宝となります
希林さん、あなたの生き様は多くの人に光を照らしました。私もその中の一人です。ありがとうございます。
愛を込めて♡
Reported by Sanae suzuki









