平和を願う 愛と美とバイタリティーの人  黒柳徹子  | naomi cafeにようこそ 目に見えない多次元のこと

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こんばんは

 

数秘でひも解くレポートのご紹介です。

 

レポートしたのは徹子さんと同じ愛と平和の数字6を持つ久美子さん 6の特徴である客観的な視点から黒柳徹子さんの半生を読み解かれています。

 

数秘でひも解く黒柳徹子さんの半生 読んでいただけたらうれしいです。

 

 

 

 

 

 

 

プロフィール

 

本名  : 黒柳徹子  Tetsuko Kuroyanagi

 

生年月日: 1933年8月9日(現在 85歳)

 

職業  : 女優 タレント 声優 司会者 エッセイスト

 

出生地 : 東京都東京市赤坂区(現・東京都港区乃木坂)

 

両親  : 父・ヴァイオリニスト 音楽家 黒柳守綱

      母・声楽家 エッセイスト 黒柳朝

 

 

 

  • Personality~

 

〔 Birth number  15-6  〕生まれ持った資質、個性、才能、潜在能力

 

芸術的才能を持ち、平和と美を愛し、深い思いやりを持つ6番

 

徹子さんはオペラ歌手を目指し、現 東京音楽大学に入学したが、途中であきらめ、卒業後テレビ女優第一号の一人として、日本放送協会に入局し、NHK放送劇団の一員となる。

テレビ放送史を代表する芸能人のひとりで、現在TV朝日『徹子の部屋』では、同一司会者によるトーク番組の最多放送世界記録保持者として記録を更新している。

 

ファッションは常に真剣勝負。徹子の部屋では同じ衣装は着ない。(本番で使用したものは年に一度、チャリティセールに出品)玉ねぎ頭と呼ばれる髪型は、大好きなマリーアントワネットの髪型をモデルにヘアアーチストと考えたもの。

 

衣装にピンマイクを付けることを嫌い、コードを背中から頭に伸ばしマイクをおでこに貼り、前髪で隠している。また、玉ねぎ頭を小物入れとして使うこともあり、外国旅行の時にパスポート等を入れたりする。いつもはアメやおせんべいが入っていて、子供に会ってすぐあげられるようにしている。

 

ユニセフの親善大使として就任してから、毎年欠かさずアフリカ、アジアの途上国を訪問(現在30ヵ国以上)更に個人でも募金活動を行ったり、「窓ぎわのトットちゃん」の印税を寄付して、就労維持支援施設の運営、日本ろう者劇団の運営を行っている。

また、70年以上もパンダの研究を続け、パンダ保護にも努めている。

 

このように、芸術的才能があり、美意識が高く、平和を愛する誠実な女性であることがわかる。

 

 

 

〔 Destiny  8  〕使命や目的、仕事

 

現実的で実行力があり大胆で向上心がある8番

 

38歳、睡眠時間約3時間、多忙なスケジュール。「忙しくてもいいんだけど、このままずっと櫓の中にいるうちに、この波に押し流されちゃう感じがしたの」と当時の徹子さんは言っている。 仕事を全部辞め、一年間のニューヨーク留学へ。ニューヨークでは演劇、ダンスの勉強をする。

自我と仕事の流れをコントロールする大胆な行動。これは今日までテレビタレントとして第一線で活躍し続けることに繋がる大きな出来事だったのではないか。

また、ユニセフの親善大使として、途上国の子供達の現状を社会に広く知ってもらうことや、募金活動等も積極的に行っている。これは自分の使命として続けていることと思われる。

 

 

〔 Soul  7  〕魂の欲求、一番大切な価値観

 

内省、探究心、分析力と直観力の7番

 

子供の頃から個性的でお転婆だった徹子さん。問題児扱いされ小学校に入学して3ヶ月で退学処分に。でもお母さんはいつも決して怒らず、子供の可能性をつぶさないようにとポジティブな考え方で、徹子さんを見守っていた。

 

お母さんが探してきた『トモエ学園』に転校。子供の個性を大事にする自由な校風で、校舎は電車。校長先生は毎日「君は、本当はいい子なんだよ。」と声を掛け続けてくれた。これは何よりの自信となり、興味のある事には、何でもチャレンジするという徹子さんの性格を育むことになった。

『トモエ学園』では障害のある子もない子も一緒に勉強していた。「皆一緒にやるんだよ。」という教育方針だった。徹子さんはやってあげる支援ではなく、トモエ学園の「皆、一緒に行う。」の思想がユニセフ活動のもとになっている。

 

自分の多くの経験から学んだことや、分析・研究したこと等、すべてのことが平和を願い続ける活動へ繋がっているのではないだろうか。

 

 

〔 Personality 10-1  〕社会的な顔、他者の目に映る表面的人格

 

オリジナリティ。頭の回転が速く、あふれる創造力を表すナンバー1番

カルミックナンバー10番。前生でやり残ししたカルマや目的を今生で果たすナンバー

 

司会者、回答者等テレビで観る徹子さんは、頭の回転が速く、あふれる創造力と独特な話し方で番組を展開し盛り上げて行く。しっかり者で責任感のある印象と、せっかちで幼い印象がある。これは、1番の特長を表している。

51歳でユニセフ親善大使に就任し、社会貢献活動を続けている。 これは、カルミックナンバー10番の(40~45歳以降に効いてくる)人道的な目的や人に癒しを与える方向へ向かっているといえるだろう。

 

 

〔 Realization 14-5 〕可能性、実現性

 

変化、自由、冒険、マルチ、エネルギーがある5番

カルミックナンバー14番。真の建設的な自由とは何かを学ぶナンバー

 

女優、タレント、声優、司会者、エッセイスト、平和運動家として活躍されている徹子さん。更にマルチな才能を活かし、自由に冒険心を持って、未知の世界の解明や、巧みな話術を使い、挑戦していくのではないだろうか。

徹子さんは『徹子の部屋』は93歳(50周年)まではやりたいと思っている。そして「100歳で政治記者になりたい」とも言っている。

 

 

 

< Type Ⅱ > その人の特質、際立つもの、エネルギー的 

人生の航海図(ライフテーマ、ライフワーク)を読み解く鍵

 

  • Maturity 6 集合意識へのシンパスはハード

          超客観的視野で世界を観る。美への歓喜。

          Birth numberと同じ

 

  • Lead 5   人をどう導くか

          先見の明がある。トーク力に長け知性的リーダーシップがある。

          Realization numberと同じ

 

  • Creation 1 創造する力

          大きな生命エネルギー。創造性。人とは異なる視点を持っている。

          Personality numberと同じ

 

〇 Growth 2  魂の成長

        犠牲的奉仕と協力の違いを学び、自らの人生に責任を持つ。

 

〇 Make Mood 2 雰囲気を作る力

         受容的。皆が寛ぎ楽しむことを優先する雰囲気作りができる。

 

〇 Intelligence 2 知的才能

                 優秀でロジカルな思考と理解。

 

〇 Support 2  サポートする力

        偉大な奉仕のエネルギー

 

〇 Body 3    身体の持つ創造的ヴァイブレーション

相手の波動を感じ取る。

 

〇 Emotion 4 感情の現れ

理性のある、反面、冷性さとパニックの間を揺れる。  

 

 

< Type Ⅲ > Balance

 

Balance 0 

 

  • Cycle 、Pinnacle 、challenge numbers~

 

 

0~30歳

 ・Cycle numbers 8 どのような事を学ぶ時期か

 ・Pinnacle numbers17-8 どのような状況の時期か

 

様々な力の中でのバランス、コントロールが必要。バイタリティ。成功を目指す。音楽家の父と声楽家で世間一般の常識にとらわれない大らかな自由人の母に育てられた。

 

小さい頃は、結核性股関節炎で長期入院。ギブスで固定され歩けなくなるのではと心配されるが、母や周りの人に支えられ走れるように。

 

小学校1年で退学、転校。トモエ学園での教育。

小学高6年の時、東京大空襲に遭う。

 

20歳でNHKに入局。養成中に「個性が邪魔」と毎日仕事を降ろされる。

ラジオドラマのオーディションに受かり、一躍有名に。

 

 

 

 

変化のとても大きな状況の中で、現実を観て、内面を観て、大きく成長する時であったと思われる。厳しいことの後には、成功や嬉しいことがあり、バランスとしてはとれていたのかもしれない。

 

 ・Challenge numbers 1 与えられた試練、人生の課題

 

種まき。はじまり。現状打破。独創性。

様々な状況の中、まっしぐらに進み、現状打破を繰り返し、日本のテレビ誕生と同時に生まれたテレビタレント。自分の創造を表現していくことが課題。

 

 

31歳~48歳

 

 ・Cycle numbers 9

 

不必要な物は手放し、本物を見抜く時

38歳で抱えていた仕事を全部辞め、ニューヨークへ留学。一度立ち止まり、自分と向き合うことで、断捨離が起こり、変容して行く時だったのではないか。帰国後、『徹子の部屋』の司会。『ザ・ベストテン』の司会。『窓ぎわのトットちゃん』を出版する等、魅力的な才能が発揮されていく。

 

 

31歳~39歳

 

 ・Pinnacle numbers 16-7

 

 何度も価値観を変え、探究し続ける。研究、学び。

 多忙な日々から、ニューヨーク留学で、演劇、ダンスを学び、たくさんのアーティスト達と交流し、視野が広がった。

そこからの学びは大きかったようだ。

 

 

 ・Challenge numbers 2

 

 変化を受け入れていく。

 睡眠時間約3時間の毎日。そしてニューヨーク留学と急速な変容を、冷静に見極めることが課題。

 

 

40歳~48歳

 

 ・Pinnacle numbers 6

 

内面の成長を目指す時。

『徹子の部屋』の放送開始を機に「悪女役をしていたら、悪い人が話を聞いているみたいと思われる。」との考えから、本人役で出演した一部作品を除いて、テレビでの女優活動を控えるようになる。司会の仕事が増えている時。

 

 

 ・Challenge numbers 1

 

 新しいステップへ。

 司会業が増える。『徹子の部屋』を始める時、「スタッフの入れ替えをしない。」「編集はしない。」『ザ・ベストテン』を始める時には「決して順位を操作しない。」等、今までにない条件を提示。視聴者に楽しんでもらい、スタッフの労力は出来るだけ少なく、出演者とのトラブルが無いように。 嘘のないテレビ番組作りを目指し、新しい課題に挑戦していた。

 

 

 

 

49歳~

 

 

 

・Cycle numbers 16-7

 

 無償の愛を経験から学び、深める時。才能を開花させる。

 ユニセフの親善大使に就任後、毎年アフリカ・アジアの途上国(干ばつ、内戦、殺りく、地雷がある厳しい状況)を訪問し、よりたくさんの子供達、大人達と交流し、分かち合い、視野を拡げ発信している。そして、テレビタレントとしても更に才能を開花させている。

 

 ・Pinnacle numbers 15-6

 

無条件の愛。調和。

 ユニセフの親善大使の活動。テレビ、舞台、エッセイストの仕事。様々な状況、場面で愛と平和と芸術的才能を調和させ実現していく時期。

 

 ・Challenge numbers 1

 焦点を定め、明確な目標を作り、自己主張をしていくことで、それが常に新しいことへの課題となっている。

 

 

 

  • History~ 1933年~1982年(49歳)まで二桁

 

子供時代(month number 8)

 

 個性的でお転婆。小学校で机についているフタの開け閉めが楽しくて、注意されてもやり続

 

けたり、チンドン屋さんが通ったので、校内に呼び込む等、問題児扱いされる。

 

小学校を3ヵ月で退学。トモエ学園に転校。戦争で東京大空襲に遭う。

 

飢え、疎開、栄養失調と苦しい体験をする。

 

8番の持つパワフルさ、行動力、受容性と強さで生き抜き、頭の中では常に色々な事を考えている女の子だったと思う。

 

20歳(year cycle #17)

 

 NHKに入局。絵本の読み聞かせの出来るお母さんになりたい。

 

NHKで教えてくれるかもしれないという理由から、NHK放送劇団俳優募集の広告から応募。

 

約6,000人の応募者の中から第6次審査を経て13人のうちのひとりとして選ばれる。

 

自己主張と真面目でひたむきな面と情熱で合格になったのではないか。

 

21歳(#18)

 ラジオドラマ『ヤン坊ニン坊トン坊』のトン坊役に。

 

養成中は「個性が邪魔」と言われ仕事を降ろされていたが、オーディションで3人のうちのひとりを勝ちとる。一躍有名になる。

 

ここから自分を解放し、テレビタレントとしてはじまったと思われる。

 

25歳(#22)

 第9回紅白歌合戦の紅組司会を務める。大きな収穫、司会者としての基盤作りとなっていく。

 

28歳(#25)

 

 第1回日本放送作家協会賞、女優演技者賞を受賞。ラジオドラマ、テレビドラマ、司会等、週6~7本のレギュラー番組を持つようになる。

 

変化を受け入れながら形になったものが更に外向きに活発化、才能を開花させていく。

 

38歳(#26)

 

 1年間ニューヨーク留学。急速な変容を冷静に見極めて様々な力の中でのバランス コントロールが必要な時だった。

 

39歳(#27)

 

 『徹子の部屋』の前身番組の『13時ショー』の司会が決まり帰国。人間関係の協調性を学びながら変容。

 

43歳(#22)

 

 『徹子の部屋』の司会就任。放送第1回目ゲストは森繁久彌さん。人間関係と協調性、新たな基盤作りの時。

45歳(#24)

 

 『ザ・ベストテン』司会就任。もうひとりの司会者として久米宏さんは?とスタッフに打診。

その後決定。久米さんは考え方や持って生まれた価値観が似ていて話が合うという。

 

芽吹き。久米宏さん、スタッフ、出演者と調和することで、高視聴率番組となっていく。

 

 

 

 

 

48歳(#27)

『窓ぎわのトットちゃん』出版。世界35か国で翻訳された。単行本と文庫本合せて累計800万部を発行。国内で戦後最大のベストセラー。その印税を寄附して社会福祉法人「トット基金」を設立。新たな才能を開花させ、ドラマチックな時期となる。

50歳(#2)

 

 父の死(享年74歳) 受容の年

 

 

51歳(#2-3)

 

 ユニセフ親善大使就任。アジアの人物として初めて。

 受容と協力。 より多くを経験、視野の拡大。

 

53歳(#2-5)

 

『世界ふしぎ発見』の解答者としてレギュラー出演。番組では世界の歴史や文化を取り上げるのだから・・・と衣装は日本伝統の着物。次回のテーマが知らされると、必要な知識を得るため図書館に通っている。

 

開始当初、他に司会番組をやっていたので、もし、クイズができなくて「頭悪いんじゃないの?」と思われることを心配して出演を迷っていたという。

 

それも受け入れ、新しい風に乗り、挑戦することにし海外の様々なことを探求していくきっかけとなったのではないか。

 

 

 

 

56歳(#2-8)

 

 舞台、海外コメディシリーズが始まる。(1994年を除いて毎年連続上演される。30年間で32作品を上演し、2018年上演の『ライオンのあとで』で終了となった。)

 

司会者と女優のバランスを取りながら、表現する場を拡げていくことになる。日本チャップリン協会名誉会長を務める徹子さん。ある舞台の稽古中に「私は何よりも喜劇が好き。だって哀しいことが多い世の中だから、少しの間でもすべてを忘れて笑っていただきたいのです。」と言っている。

 

73歳(#4-7)

 母の死(享年95歳)友達のような関係で刺激し合っていた母との別れを受け入れることは、とても大変だったと思う。現実的な問題を対処しながら本来の自分を内省する時。

 

82歳(#5-7)

 2015年5月27日『徹子の部屋』同一司会者によるトーク番組10,000回達成。現在も記録更新中。現状にしがみつかず、チャレンジしていく時。コンセプトや計画をより深める時。

83歳(#5-8)

 

 

 

 

 

 

 『徹子の部屋』に出演した福山雅治にすすめられInstagramを始める。1週間で10万人以上がフォローする反響。常に好奇心を持ち、柔軟性と機敏さで行動し成功する。情報を取り入れ表現することも得意。

 

  • ここには書ききれないが、様々な分野でたくさんの賞を受賞されている。

 

 

 

~数秘から読み解いた黒柳徹子さん~

 

子供の頃から波乱の多い人生。しかし、そこにはいつも彼女を支えてくれる父母や、トモエ学園の校長先生という、決して彼女をつぶすことなく認めてくれる存在があった。

 

そこを基盤に、持って生まれた才能を次々に開花させ、大きな愛で人々を包み、自分に枠を作らず、好奇心を持って生涯挑戦していく彼女の姿にとても感銘を受けた。

 

色々な人と出会う中、数人でも良き理解者に巡り合えれば、それだけで幸福でもあるし、その時に心に響く素敵な言葉との出会いもあるのだと思った。

 

今年最後の舞台『ライオンのあとに』の講演終了後のカーテンコールでは、何度も何度も幕が上がるサプライズ演出はお客さんを驚かせ喜ばせた。

 

これは徹子さんの感謝の気持ちとチャーミングさなのだと思うと、今でも胸がキュンキュンして、込み上げる思いでいっぱいになる。

 

Reported by Kumiko Osakabe