映画「プラン75」について少し |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

トモダチにすすめられて

みることになった「プラン75」という映画↓


病気というほどではないんだけれど

なんとなく胃の調子が悪くて

グダグダしていた時。


そんな時にこの映画を

〈寝ながら〉みたんですけど‥‥チーンチーン


ものすごい孤独感と寂寥感

そして辛くて辛くて

途中でいったん、みるのをやめてしまいました。


ヘンテコなアドバイスをするとしたら

体調の悪い時に

この映画をみてはいけない

ってことをある程度年齢を重ねた方には

お伝えしておきたいです😅😅


「プラン75」というのは、

75才になったら

自分で死ぬことを選択できる

という法律が日本にできたら、

という架空のお話。


で、↑私はまったく同じことを

トモダチに話していたわけだけれど


私が思い描いていた世界と違う〜〜😱😱😱😱


という大きな戸惑いと悲しみが

この映画全編から溢れてきたのでした。


国の政策として

「プラン75」がすすめられていくと

世の中全体が

もうそろそろお役御免ですよ〜

あちらに行ってくれてかまいませんよ〜

と背中を押してくるような世界になっていて

いくら元気であったとしても

仕事も

住むところも

だんだんなくなっていき

ほらほら、あなたには

「プラン75」がありますよ〜

とやんわりと

そちらに気持ちを向けられていくような

空虚で寒々しい世界なのでした。


この、まだまだ元気なのに

追い詰められていく

という役を倍賞千恵子が演じています。




監督の意図がどこまであったのかわからないですけれど、

彼女を主演に使うということで、

みている者の脳裏には

(あの元気で明るい、そして健気なさくらちゃんだった倍賞千恵子が〜〜😭😭)

とか、

(「さよならはダンスの後で」とか、歌ってた人が〜〜😭😭)

というような気持ちも

映画をみなから想起されてきてしまう。

そしてそんな気持ちも相まって

悲しみが深くなってしまうのです😭😭


この「プラン75」を

すすめていく直接の窓口担当の役を

磯村勇斗が演じているのですが、

彼の叔父という役をやっているのは

たかお鷹という役者さんなのですが‥‥



↑この人の演技が俊逸でして

いやもう、演技とはいえないんじゃないか

本当にこの人そのものなんじゃないかって

思わせられてしまいます。


映画自体は

〈ヨーロッパ映画的〉ともいえる

状況の説明や

感情の起伏などを

極力省いた作りになっていて

ラストシーンなども

みた者にゆだねるような

終わり方なので

日本の中でどのくらいの評価があったのかは

わかりません。


けれども

私という1人の人間の

どこかお気楽さ、甘さのようなものを

ズルリと暴いてくれたような

映画ではありました。


〈死ぬ〉ということに

他者を介在させてはいけない


というようなことを

映画をみていて

痛切におもいしらされたのでした。