心の骨格形成というのか、
ヒトとしての素地を作ると言ったらいいのか、
まぁ、それはもちろん
家庭というのは大きいのだろうけれど
私は幼少期に
い〜〜っぱい遊んでくれた
お兄ちゃんお姉ちゃんたちから
ものすごく多大な影響を受けている
わたしはそんなふうに思っているんです。
↓この記事を書いたのは4月のこと。
そしてついに、幼馴染会が実現しました。
昭和の真ん中というのは
子どもたちがたくさんいました。
そしてその子どもたちをとりしきる
世話役のようなお兄ちゃんがいて、
私たちの町内で
それをやってくれたのがミツヤ君でした。
そして小さな子の面倒を見たり
世話を焼いてくれたのが
タエちゃんでした。
この二人がいてくれたおかげで
私たちチビッコは
仲間に入れてもらうことができたのです。
缶蹴り
石ふみ
卓球
ホッピング
フラフープ
丸描き
チョンパー
ナンバーからい
ポンポン
ぼいやんご
コッペジャッカ大将
(後半は方言の名前なのでわからないとは思いますが…)
などなどなどの遊びを
やってきたんですけど、
その遊び道具はほぼ地面に落ちているもの。
卓球やホッピングなど
道具を使うものは
全部隣りのウノさんが貸してくれたのです。
ウノさんちには、
子どもたちが勝手に入って行って
「ホッピングかりまぁす」
とか言いながら借りて遊ぶ。
そんなことが許されていました。
私はあの子ども時代を
心の底からパラダイスだったと思っています。
そのパラダイスの中心人物が
ミツヤ君とタエちゃんでした。
「はい、今日の帰りに
これをひとつずつ持って帰ってね〜」
幼馴染会の部屋に入ってくるなら
タエちゃんは言いました。
あとで家でこれを開けてたまげたのですが
立派な巨峰とシャインマスカットが
一房ずつ入っていたんです。
やっぱり私たちの親分!
やることが心憎くすぎる💕💕
ミツヤ君とタエちゃんは同学年。
2人に遊びの楽しさを教わってきた私たちが、
「ミツヤ君とタエちゃんが結婚したよ!」
というのを聞いたのは
ずっとずっと後のこと。
せっかくなので、
今回はその馴れ初めなんかもきいちゃって
それぞれのお人柄みたいなものも
再認識させてもらって
そんなことも、楽しみの一つとなりました。
先のリブログで
焼き鳥屋をやっていると書いたのは
私と同学年のノリ君です。
今回の幼馴染会は
親分夫婦ミツヤ君とタエちゃん。
そしてノリ君。
私たち姉妹の5人でのスタートです。
ノリ君は
「どうせなら、もっともっと
あの頃の仲間を集めたい」
と言っています![]()
もしかしたら次回はもっと
人数が増えているかもしれません。
で、そのノリ君が
なんともなっつかしい写真を
何枚か持ってきてくれました。
残念ながら私は写っていませんが
前列向かって左が妹、右がノリ君です。
時代を感じさせる写真ですよね〜😄
この写真だけでもわかると思うのですが
当時、親たちはみんな忙しく、
子どもたちは子どもたちだけで
遊んでいたんです。
妹の後ろに写っているのは
サンちゃんと言いますが
このサンちゃんにも
ものすごぉぉくお世話になりました。
妹にやさしく手をかけてくれています。
こうなふうに年上のお姉ちゃんたちが
チビッコたちの世話を焼きながら
遊んでくれていたんですよ。
男の子も女の子も
年齢もバラバラで
みんながいっしょになって
遊んでいたパラダイス💕✨💕✨
あの頃のみんなに
ありがとうって言いたいなぁ😊

