映画でも本でも、
一つの作品に触れることで
数珠繋ぎとなって次々と別の作品を
みたり読んだりしていく
ということはよくあることです。
↑この本を読んだことによって
↑この本のことを知ることができたし、
そしてまた、天童氏の作品をもう少し読もうかな?という気持ちになって
この「家族狩り」を読んだのでした。
この本は二段組で562ページもある大長編です。
このオリジナルから何年か経って
内容も大幅に改編して
文庫本五冊になったそうです。
明確な主人公がいるというお話ではなく
何組もの家族だ出てきます。
登場人物も多いです。
1995年の初版ですが
この登場人物の一人である刑事は
ポケベルを使っていました。
時代の変化は電話によくあらわれてきますね。
この刑事さんは
弱い者を守ろうとする熱血漢ですが
同時にまた
一時代前の<男>というのを
体現しています。
酒を飲めば猛々しい精神論をぶち、
マイホームパパと言われるひ弱な父親像を、
社会病巣の一つとしてののしった。
というような人です。
そんな彼の息子は自殺をしてしまいます。
そしてそれは父が原因であると、長女は父を責めます。
家族がどんどん壊れていきます。
そんな中、
彼は長男を失った悲しみ、怒り、やるせなさ、
周囲の人々への面子のなさなど、
すべてを佐和子(奥さん)にぶつけた。
父親としてはねぇ、
本当にどうなの〜〜?
と言いたくなるような無責任オヤジなんです。
そしてこの本には、他にもダメダメな人たちが登場します。
その中のひとりのオヤジの本音です。
ちきしょっ、口の中で吐き捨てる。
ちきしょっ、放っておいてくれ、おれをひとりにしてくれ、
金は入れる、面倒は見る、だが問題はうんざりだ、
悩ますな、世界を見てんだ、
世界の先行きつかもうってんだ、
なんで家族のことなでちまちまと…。
実際に社会で重要なポストにいる父親や
責任のある仕事についている父親ほど、
こういう本音を持っている人が多いのではないでしょうか?
家族がうまくいっているならそれでもいいのかもしれないけれど
何かひずみができた時、
こういう家庭では対処のしようがありません。
<きく>ということの本の感想でも触れましたが
相手を、相手の存在をしっかりと迎え入れて
その相手の話に耳を傾ける
ということは、
この頃の父親たちの多くが放棄してきたことなのかもしれません。
「家族狩り」はどこの家庭でも起こりうる
家庭崩壊の物語です。
ハラハラドキドキしながらも、
どうなっていくのか、気になって
この長い物語を読了しました。
冒頭で、凄まじい残酷なシーンからはじまっていきます。
あまりのことに驚きながらも、
なぜそんなことが起こったのかと
どんどんページを繰っていきました。
で!
読み終えて、冒頭に戻るわけですけど、
犯人たちが、なぜここまで残酷な方法を取らなければならなかったのか?
ということについては、最後まで理解できませんでした。
なにがやりたかったのか?
なにを、そして誰に訴えかけたかったのか?
も理解できませんでした。
人間の奥の奥の奥の方に潜む残虐性というものを
表現したかったのかなぁ…??
とは思うんですけどね。
ずっしりと重みのある作品ですが
この肝心のところが納得できず、
その点だけは残念でした。
