<勝負事にまったく関心がないんだ>
というトモダチとトランプをしたことがあります。
それはそれはツマラナカッタ![]()
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という思い出があります。
勝負事に関心がないヒトに
勝っても嬉しくないし
負けてもなんだかなぁって感じでした。
ただ、ぼんやりと
頭に浮かんだことを書いてみます。
数値化できるもの
順位がつくもの
勝ち負けがはっきりしているもの
そんな中で学生時代までを過ごしてきました。
勝てば嬉しい
負ければ悔しい
順位が上がれば喜んで
順位が下がれば悲しんだ
でも、それがちょっと変だな?
と感じはじめたのは
高校生になってから。
高校の先生たちの中の何人かが
学業成績と人間の価値とを
同等なものとして語ることが多かったからです。
テストの成績が上位の者が素晴らしくて
勉強のできない者はダメな奴。
あからさまにそんなことを口にする
教師までいるような高校でした。
私、その頃
ちょっと精神のバランスを
崩しかけてしまった。
年子の妹が
次の年に同じ学校に入学してきて
そのことで危うく難を逃れました。
その高校での体験がよっぽど嫌だったのか
その頃以来、
勝ち負けを競う階段からは
自分から降りたように思います。
もう成績だとか順位だとかで
とやかく言われたくなかったし
勝つことに必死になる気もなくなったし…
で、そういうことと関係のない生き方を
選ぶようになりました。
まぁ、もともとそうではあったんだけど
社会的な地位だとか
年収がどうとか
学歴が…とか
そういうことと関わりのない世界で生きていきたいと
思って今に至ります。
おかげさまで
幸せに生きております![]()
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で、昨日ふと思ったんですよ。
昔の時代劇でよく見かけた
「我は〇〇藩の〇〇でござる。
勝負、勝負〜〜〜」
というヤツね。
勝負事っていうのは、
勝負をしようと思っている者同士が
真っ向から向きあって行うもので
もちろんそこに人としての価値とか
そういうこととは関係なく
ただ純粋に勝負したい人同士のもの。
そうなんじゃないかってね。
だから、相手が人間じゃないもの
例えばカジキとの勝負とか、
ウィルスに勝つとか、
台風に負けないとか、
そういうのって
そもそも勝負として
成り立たないんじゃないか?
それをね、
今さらながらに思ったんです。
勝負って
人間と人間が
勝負しよう、戦おう
って思ってこそ成立するもの。
私はスポーツは
やるのも見るのも好きなんだけど、
ここがきっぱりしているから好きなんだよね。
そして、そして、
勝負事や順位と
人間としての価値とは
まったく関係ないことなんだよね。
↑これは妹が考えた遊び。
こういうことをやっている時が一番楽しい![]()
前人未到の記録を出した人や
手に汗握る試合からは
たくさんの力をもらいますが、
逆に、勝負に負けた人が
人間的に価値が低いなんて
思ったこともない。
高学歴の人を
知的に優れたすごい人だとは思うけれど
学校にはろくに行ってない人の中に
人間的に素晴らしい人がいることも知っている。
生きてきた長さよりも
死ぬまでの長さの方が短くなってきた今は
高校生の時に階段を降りていて
本当によかったなぁと思っています。
ぼんやりと考えたのは
こんなこと〜〜![]()
