〈ワタシの3月〉を考える |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

311の時も、

台風19号の時も、

災害が起こり

なんだか不安な雰囲気が

世の中に蔓延しだすと

どうしてもどうしても

ワタシという人間の心の中は

ザワザワと音を立てるようになります。

 

今年も、そういう状態で3月を迎えました。

 

少し前から、私は私の中で

<ワタシの3月>を考えておりました。

 

311の時も、

台風19号の時も、

災害が起こり

なんだか不安な雰囲気が

世の中に蔓延しだすと…

 

いつもなんだかとても情けない気持ちになります。

 

あぁ、自分は世の中に対して

何にもできない人間なのだなぁチーンチーンチーン

ということを実感させられるのです。

自分の非力さを痛感します。

その非力な自分にできることは何かないか?

何かしなくちゃいけないのではないか?

と呻吟します。

 

でも、私は医療従事者ではないし

教育関係者でもないし

自治体の役員でもありません。

地域社会に役立てる何かがあるわけではないのです。

 

<経済を停滞させないように、

いつもと同じように過ごしましょうよ。

積極的に外にでて、

いつもと同じように生活しましょうよ>

という多くの語りかけがあると

その通りにできないことを恥じたり、

罪悪感を感じたりもしました。

そんなに多くの寄付金が出せない自分を恥じたりもしました。

 

何度か、そういう焦りや苦しみを自分の中に感じながら

今年は少し、思ったことがあります。

 

ワタシがどう生きていくのか?

は、ワタシが考えればいいことなので

まわりの人たちからの語りかけの通りにできなくても

そのことでワタシが動じたり、恥じたりしなくてもいいよね?

そのことを、もっと心の底から思うようにしたいよね?

ということです。

これは当たり前のことだとわかっているんですけれど、

世の中全体が、パニックのような状態になってくると

<ワタシの内側>に戻ることが

いつもよりむずかしくなってくるんですよね笑い泣き

 

<必要以上に自粛しない方がいい>

というのは、本当にそうなのだと思います。

その通りだろう、と思います。

 

けれども、実際に経済的に打撃を被っている人たちは

現実的に収入が減るのだから、

お金を使うことを怖がってしまいます。

それは当然のことなんです。

 

少ない稼ぎの中でやりくりしている人たちには

こういうジワジワと日銭が減っていく状況というのは

とんでもない恐怖感があると思うのです。

 

こんなことぐらいで、家計は目減りしない

という方々には、

じゃんじゃんお買い物をして

経済効果を高めてほしいと思います。

 

でも、<必要以上に自粛しない方がいい>

というのを聞いて

自粛している自分に

罪悪感を持たなくてもいいんじゃないかとも思うんです。

 

だって今、お金を稼ぐ使うことは

現実的にはこわいことなんだもの。

 

こういう時に、外に出て飲み食いする気になれない

というのは、その人の気分の問題なのだから

それはそれでいいとも思うんです。

 

だって、気持ちよく飲んだり食べたりできないんだもの。




 

そういう、ね。

(ワタシの気持ちはどうなんだろう?)

というところをね、

(本当の、本当のワタシの気持ちはどうなんだろう?)

というところをね。

静かに考えていく、3月はそういう月にしたいと思ったんです。

 

<ワタシの3月>を考える月間です。

 

ワタシ、3月はなるべく静かに過そうと思います。

ワタシの2020年って、

「思っていたのと違った」(←しいたけさん占いね)

ということもあるそうで、

だいたいにおいて自分で物事を決定していく性格なんだけれど、

今回のように、思い通りにはいかないことだっても出てきます。

 

だからお休みするところはお休みする。

自分でできることは自分でする。

でも、不必要に罪悪感を抱いたり、

まわりに翻弄されたりということは

できる限り避けていく。

 

そんな一ヶ月にしたいなぁって思いましたニコニコ

 

世の中に、社会には、

何にも貢献できない自分。

でも、そのことを恥じたりしない。

ワタシはワタシができることをやって、

そうやって生きていこうと心の中で思ったら、

なんだか涙が浮かんできました。

ワタシはワタシに、

そういうふうに言って欲しかったんだと思います。

 

さて、<ワタシの3月>を

より豊かなものをするために

もう少し、考えていくことにしますウインク