2019 井口里栄個展 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

もう30年近くおつきあいのある

友人の個展に行ってきました。
 
2019年  井口里栄展
 
一昨年の個展から2年たつ。
(その時の記事は、後日ここにはりつけます)
 

https://ameblo.mom/pesomasami/entry-12319791092.html

 

↑コレです。

この時も、やっぱり私は

<ただ 生きている>里栄ちゃんに感動したのだった。

 

ただ生きる

自分の人生を生きる

 

そのことの深さを思います。

 
友人なので、ちゃん付けで呼んでしまうことをお許しを😄
 
一点一点、作品を眺めながら、
(あぁ、里栄ちゃんは、
またさらに自由になったんだなぁ)
と思いました。
 
絵の中で、自由が遊んでいた。
 
里栄ちゃんが里栄ちゃんとして生きている。
その中でいろんな時間を過ごして
そのいろんな時間からくる
さまざまなエモーションをすくいとって
ていねいに時間をかけて
作品として紡いでいる。

そのひとつひとつの工程を思い
そしてここにあらわれた作品たちをみて
ほんとうに、ほんとうに
素晴らしいと思ったのでした。
 


クレヨン、色鉛筆、
それから鉛筆。
どこにでもある画材を使っています。
 
とても深い作品たちだと感じました。
そしてその作品たちは
自由の衣を身にまとい
時には静かに
時にはほがらかに
ただそこに存在していた。
 
あれはいつ頃だったろうか。
旅が好きな私たちは
お互いに訪ねた国のことを話しながら
その旅の非日常にあるナニカをさがし、
そのナニカを日常に取り込めないものかね?
というようなことも同時に話し合ったのだった。
見知らぬ国を歩いている時の
あの、めくるめく非日常。
 
「それが取り入れられたら
きっと日々の暮らしも変わっていくよね?」
「いや、それはそうだけど
でもそうは言っても日常の中にある
動かしがたい部分も捨てられないなぁ」
というような、
ああでもない、こうでもない話。
 
あれから何年も経って
私たちはけっこう
旅から遠ざかった暮らしに入ってしまった。
 
けれども、どうだろう。
里栄ちゃんの描く絵の中には
日常における非日常が、
あの時に話した
ああでもない、こうでもない話が
密やかに体現されているのではないか?
 
A全くらいの大きな絵。
鉛筆だけで描かれています。
 
ぐっと近寄ると、こんな感じ。
 
私が今回見たい中で
一番のお気に入りは、この絵でした。
 
静かな風が
絵の中を吹き抜けていきます。
 
この絵をながめながら
ふうと
深呼吸をしたくなる
そんな絵です。
 
井口里栄個展は、
11月2日まで、
鎌倉の「ジャックと豆の木」
という画廊で開催中です。