映画「ジョーカー」のことを少し |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

隙間時間に映画をみにいきました。

これは、今まであんまりしたことがないこと。

 

でも、やってみたらけっこうおもしろかったこと。

 

で、みた映画は「ジョーカー」

 

 

見終わってから、たくさんのレビューを読んだんですけど、

↓この、小松ゆり子さんのものが一番素晴らしかったので

ご紹介させていただきます。

 

http://blog.honeyee.com/ykomatsu/archives/2019/10/23/post-37.html?fbclid=IwAR2PIB4OtstXikS3zFlkdvG_cw5mmKW9W-KEAe2uk9L6uTRqLuvDxhmITac

 

 

小松さんが書いているのと同じことを感じました。

 

背中が狂気

もう、背中が、エイリアンのような

ソレそのものが別の生き物のような気持ち悪さなんです。

そこに気持ち悪さが漂っている。

 

「バスケットボールダイアリー」でレオナルド・デカプリオが

「ギルバートグレイプ」でジョニー・デップが

かつて、その屈折した役どころで演技を評価されてきたけれど

 

そこから数段かけのぼったところにある狂気を

ホアキン・フェニックスは体現してしまったのだなぁ、と

もう、とんでもないところにいってしまったのだなぁ、と

この映画をみてしまったら、オドロキをかくしえません。

 

私はバットマンシリーズにはまったく興味がなくて

ジョーカーにもピエロにも興味がなくて

前評判かいいから、ということにも興味がなくて

 

すみません!!

ただ<リバー君の弟だから>という理由のみで

ホアキン・フェニックスの映画をみ続けています。

(「マグラダのマリア」はみたくないのでみていませんが…)

 

まったくといっていいほど似ていない兄弟なのに、

たまに、ほんとにたま〜〜に

リバー君の影がふうっと出るときがあって

それをみたさにホアキン・フェニックスをみていますごめんなさい!

 

そんなわけなので、

私には、今回

まともな映画評など書けるわけがないのですごめんなさい!

 

それでね〜、

今回、これほどの狂気に足をつっこんでいながら

光のある世界に帰って来れたのは

やはりホアキン・フェニックスとリバー君の

出自そのものが、世間と隔絶した所にあったということも

影響しているのではないのかな? 

と勝手に推測したりもしています。

 

<普通>とか

<世間>とか

そういうところから離れた所で

彼らは生まれ育っていますものね。

 

あ、それから

この映画の脚本をみて

一番くやしがったのはデニーロなんじゃないかって

これまた勝手に思いました。

 

オレがもう20歳(いや、30歳か?)若かったら、

ぜったいにオレがやるはずの役だったのに〜!

ってね口笛

 

「タクシードライバー」へのオマージュだという

映画評もあるくらいだけど、

若きデニーロがジョーカーをやったら

さぞかし怖かっただろうと思います。

 

あ、そういえばジャック・ニコルソンもやってますね、ジョーカー滝汗

みんなコワイよね滝汗

 

どこかに感情移入するとか

心が動くとか

そういうことがなく見終わったという

そういう意味では珍しい映画でした。

(コワイ〜、というのはあったけども)

 

ちょっと離れた所でみてた気がする。

それはなんでかって思ったら

まだ(と言ったらいいのかどうか)日本では

こういう鬱屈した感情が

おなじような気持ちの人々に感染して

一度に人間を暴徒と化す

みたいなことに、

なりにくい人種なんじゃないかなぁって

思ったんです。

 

一揆とかは、これとはチガウ。

ちゃんとした組織があるし、

理由もはっきりしてる。

 

この映画に出て来るような暴力は

うまく言葉にはできない

感情の発露であり

説明できないエネルギーの爆発だと思うんです。

 

だから、こういう

オレもオレも〜〜〜的な

暴動の広がり方とか

その発端の人間がヒーロー扱いされることとかに

ちょっと距離がある。

身体でピンと来ることができない

っていったらいいのかな?

 

肯定も否定もなく

ちょっと距離があるっていう感じ。

 

アメリカの映画なんだな

ということを、

私は心のすみっこで感じていたのでした。