目立たないようにできるヒト |      生きる稽古 死ぬ稽古

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

なんでこのようなタイトルの記事なのかといいますと、

実は某所であるヒトをお見かけしたからなのです。

 

それはそれは有名なダンサーさんです。

 

で、そのダンサーさんが

まったく目立たないふうで

もちろんまわりにいたお客さんも気がつかず

フツーに食事をされて

フツーに帰っていかれたわけです。

 

私はそのことに

とてもとても驚かされました。

 

そのお店は

私がいるくらいだから

高級店じゃありません。

 

フツーのお店。

 

で、フツーに緑茶ハイとか飲んでいる。

 

カウンターで、足などを組んでくつろいでいらっしゃる。

 

そのダンサーさんは

日本において、

そのジャンルの世界を変えたような方で

ものすごく美意識の高い方で

それはそれはきびしくて…。

 

だから、日頃の生活も

ものすごくストイックに

ご自身を律しながら

美しく、高級なものに囲まれながら

そうやって生きているのではあるまいか?

などと、勝手に想像しておったわけなのです。

 

そうして、そういうヒトであるからこそ

市井のヒトの中におかれたら

ただ黙ってそこにいるだけで

否応なく目立ってしまう。

衆目を集めてしまう。

そういうヒトなのだろうと、

想像していたわけなんです。

 

ところが違った!

彼はまったく我々庶民に気づかれることなく

仲間の方とリラックスしながら

さほど高くもないお酒を楽しんでおられました。

 

本当にすごいヒトだ!

と私は感嘆してしまったわけです。

 

そういえば以前、

永六輔さんがこんなことをおっしゃっていました。

 

「小沢昭一は自分の存在を消すことができる。

人混みの中に紛れ込むことができる。

多くのヒトが行き来する場所に行っても

誰も彼の存在に気がつかない。

そういうすごさが彼にはある」

 

私はそれを思い出していて

このダンサーさんのすごさを

改めて感じさせられたのでした。

 

そんな彼の帰り際に

一瞬だけ目が合いました。

 

ものすごぉぉぉく、こわかったゲッソリ

 

 

いやいや、目が合ったわけじゃありません。

彼の目が普通に動いていて

その風景の1シーンに私がいただけなんです。

 

フツーにしている顔を正面から見た

というだけのことです、おそらく。

 

それでも怖かった。

<射すくめられる>とは

こういうことをいうのだろうと感じました。

 

またまた、そういえば…。

某作家さんのアシスタントをしていた時に

彼が執筆している部屋に入ったとたん、

「斬られる!」

って、感じたことがありましたっけゲッソリ

 

すごいなぁ〜〜

と思うような方というのは、

どこかに殺気にようなものをはらんでいるのかもしれません。

 

それは懐にかくして

見えないようにされていますが、

何かの拍子に

ちょこっと、あふれてしまうのかもしれません。

 

自分の世界を構築しているヒトのすごさを

かいまみたような一瞬でした。

 

こういうヒトがいるんだなぁ

ということを

忘れないために、書いておくことにいたしました。