袖振り合うも…ということわざのお話 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

とあるお店でたまたま見かけた日めくりに

この言葉が書かれていて

あれ?

と思ったのです。

 

「袖振り合うも他生の縁」

 

あれ?

と思ったのは、この<他生>

という言葉に反応したからで

(あれ? この漢字だったっけ?)

と、違和感を感じたからだった。

 

調べてみたら

<他生>でも<多生>でも

どちらでもいいようなんだけど、

どちらも<たしょう>と読むのですよね。

 

これ、多少と書くのは間違い上差し

ほんのちょっと、という意味ではなかったのですよ。

 

多生、他生というのは、

六道を輪廻して何度も生まれ変わる

という意味だそうです。
 

「多生(他生)の縁」とは、前世で結ばれた因縁のことだそうだ。

 

なので、

「袖振り合うも他生の縁」

っていうのは、故事ことわざ辞典によると

人との縁はすべて単なる偶然ではなく、

深い因縁によって起こるものだから、

どんな出会いも大切にしなければならないという仏教的な教え

ということらしいです。

 

おもいっきり、

輪廻転生ありきという前提でのことわざだったのねびっくり

過去生で出会っているかも、とか

そういうことも含まれた意味だったのねびっくり

 

ちょっと袖が触れ合っただけでも

そこには多かれ少なかれ

何かの縁があってそういうことになっているんですよ

 

くらいの、漠然としたことだと思っていたんだけど、

それだと<多少の縁>っていう

間違いの方の意味だったよね。

すると長い間、意味を勘違いしてでおぼえていたんですね、私はーーチーン

 

知らんかった〜〜滝汗

 

 

私は小さい頃から

まわりのオトナたちが

「昔からキラキラキラキラキラキラキラキラって言ってね…」

というように、ことわざを使った話をよくしてくれたので

ことわざというものには、わりとなじみがあります。

 

でも、こうやって時々

間違って理解している言葉ってあるのですよゲッソリ

 

気になったら調べる。

それが大事ですなぁ。。。