昨年暮れに、↓こんな記事を書きました。
あれから何が月もたっているのに、
私は時々、あの頃のことを思い出しています。
疲れがたまって、頭がボンヤ〜〜リしてしまった、あの感じ。
脳みそ全体に薄い膜がはられて、
何かを認識したり、理解したりすることがしにくくなって
とっさに判断したり
すぐさま動いたりということができなくなってしまう感じ。
あれを思い出すたびに
(実にオソロシイことだったなぁ
)
と身震いしてしまうのです。
この状態って
単なる蓄積疲労なので
何日か仕事をやめて
ぐっすり眠ったら
それでもとの状態に戻すことができるんです。
でもね、
お勤めをしていたり
家事や育児を休めなかったり
いろいろな事情で
<休むこと>ができない状況になっていることってありますよね。
私は、この状態こそがオソロシイと思うのですよ。
「しばらく休ませてください」
と言える環境を作ること。
また、
「しばらく休ませてください」
と言われた時にOKが出せる環境を作れること。
むずかしいけれどもね、
これってものすごく大事だなぁと、
あのオソロシイ体験を通して痛感するのです。
もちろん身体のどこかに不具合があっても
それはそれで大変なことです。
でもね、
頭が働かないということは
直接的な恐怖につながります。
私が私の思い通りにならない。
私が私でなくなっていくかもしれない。
なんというか、人格の<格>が
このままだとなくなっちゃうんじゃないかっていう
そういう恐怖です。
あ、画像は本文と無関係です。なんとなく貼ってみました。
話はちょっと飛躍するかもですが、
DVなど、夫に(または妻に)
抑圧されコントロールされていくと
離人症(りじんしょう)という状態になるそうなんですね。
正常な判断ができなくなる(しようとしなくなる)
感情に結びつけなくなる
体感も得にくくなる
自分から浮遊してしまってどこか他人事のようになる
というような状態になっていってしまうのだそうです。
私はコレをきいて、またもや
(実にオソロシイことだ〜〜〜
)
と思いました。
私が感じたボンヤ〜〜〜リの感じって
そのままの状態、そのままの環境をずっと続けていたら
やがてはそれに近い感じになっていくんじゃないかって思ったんです。
これはオソロシイことです。
そのことを考えていた時に、
あぁ、そうかって思い出したことがありました。
高校時代、ハードな部活をやっていたのですけど、
練習が続いたときよりも
テスト期間などで、何日か練習ができなくて
そのテスト期間あけの方が
身体が軽くなってて、
パフォーマンスがものすごくあがる
ってことを何度か経験して来てるんです。
これは身体だけのことじゃなくって
疲れが抜けることで
頭がすっきりするんです。
だから瞬時の判断力とか反射神経とか
そういう反応がよくなるんですね。
太極拳のおけいこでもあります。
何ヶ月がお休みしていたヒトが
しばらくぶりに復帰してきたら
以前よりもやわらかく、
しなやかな動きができるようになったのです。
「休んでみてよかったですね〜
」
って、ご本人とも話しているところです。
キツイけどがんばる
っていうことはとっても大切で、
そうやってがんばった先に
それまでに見えなかった世界がひらけてくるコトはよくあります。
けれども、なにか
偏った無理がたたってきて
それによって頭がボンヤ〜〜リしてきたら
そこからしばらく離れるということは
とっても大切なんじゃないかって
そんなことを思います。
何かを感じる心。
みずみずしい感性。
喜怒哀楽の情緒。
これらは生き物に(というか、とくにヒトに)与えられた
素晴らしいギフトですよね。
疲れがたまってくると
あるいは、ちゃんと疲れをとってあげないと
こうした大切な部分から
むしばまれていくことになってしまいます。
お互いに気をつけていきましょうね〜![]()
