「気」その10 ー医療について(ちょっと)考えるー |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

実は、ある健康法について、

ちょっとハテナ?だなと思ったのと同じ頃、

 

まったく別の投稿を読んでハテナ?を感じたのでした。

 

あのね、それは病気のこと、医療のこと。

 

病気になるのは生活が荒れているからだ

病気になるのは心がそうさせている

ちゃんと有機栽培の野菜を食べて節制していれば病気にならない

 

それから

 

医者は無理矢理、病名をつけて医療費をふんだくってる

医者に行ったら、余計に病気がひどくなる

 

こういった記事を目にすること、ありますよねニコニコ

 

私が感じたハテナ?は、

(たしかにそういう一面もあるかもしれないけれど、

それはあくまでも一面であって、

そうじゃない場合もあるんじゃないの?)

ということでした。

 

 

気には先天の気と後天の気がある、ということ。

 

私のハテナは、ここでひとつ、合点がいったのでした。

確かに食べ物や環境によって

病気になってしまうことはあります。

本人が学校に行きたくない、

仕事に行きたくないと強く思うことで

体調を崩すこともあります。

本人のネガティブなエネルギーが

重篤な病いを引き起こすこともあるでしょう。

 

でも、ほんとにそれだけなの?

 

私のハテナ?はそこでした。

食べ物や環境というのは、

あくまでも後天の気を整える一つの要素でしかありません。

整っている方がいいでしょうけど、

そうしたって、どうしたって病気になる時はなるんです。

 

そしてね〜、

ここでまた個人的な見解なんですけど、

<生き物の生き死に>については、

「先天の気」と「後天の気」の他に

「なんだかわからない」

というのがあると思うんですよ。

 

つまり、そんなに原因をさぐっても

研究をしても<生きる>や<死ぬ>については

「なんだかわからない」

があると思うんです。

 

これについては、

 

 

↑この本の中で一照さんがわかりやすくお話ししてくださってます。

(宣伝になっちゃってごめんなさいアセアセ

 

お医者さんでも

「なんで助かったのかわからない」

「なんで亡くなったのかわからない」

ということはあるようですし、

 

天災などでも、助かる人と亡くなる人は、

その差がどこにあったのか

「なんでかわからない」

ことが多いですよね。

 

生死については「なんだかわからない」ことだらけ。

そういうふうに思っていた方が

「決めつけ」に走ることが少なくなるんじゃないかと…。

 

それからね、終末医療のドクターと話していて、

「人間は必ず死ぬ。

そのことをわかっていてほしいんです」

と、おっしゃってました。

 

「病院に行けば、必ず助かるという

その思い込みも手放してほしい」

とも、おっしゃってました。

 

末期の患者さんに食事療法を強要したり、

患者さんが、どんな状態になっても生かしてほしいと懇願したり、

ご本人は、患者さん本人のためだと信じていても

介護されている方の<生への執着>から

逃れられない場合も多いようですよ滝汗

 

これはいいかげんな話ではありません。

家族が死んでもヘーキになれといってるんじゃありません。

 

でも、どんなに大切なヒトでも

どれだけ愛していても

「なんだかわからない」から納得できなくても

人間は命が尽きていきます。

 

なのでね〜

もし、近しい方が病いに伏した時には

原因探し(アレがいけなかったんじゃない?とかコレが悪かったとかね…ショボーン

に血道をあげられるより

その方とご自分が、

より豊かに健やかに暮らしていける方法を

考えていかれた方がいいですよね義理チョコ

 

いや〜、

これは自分に対して言ってるところも大きいわぁ爆  笑