実は、ある健康法について、
ちょっとハテナ
だなと思ったのと同じ頃、
まったく別の投稿を読んでハテナ
を感じたのでした。
あのね、それは病気のこと、医療のこと。
病気になるのは生活が荒れているからだ
病気になるのは心がそうさせている
ちゃんと有機栽培の野菜を食べて節制していれば病気にならない
それから
医者は無理矢理、病名をつけて医療費をふんだくってる
医者に行ったら、余計に病気がひどくなる
こういった記事を目にすること、ありますよね![]()
私が感じたハテナ
は、
(たしかにそういう一面もあるかもしれないけれど、
それはあくまでも一面であって、
そうじゃない場合もあるんじゃないの?)
ということでした。
気には先天の気と後天の気がある、ということ。
私のハテナは、ここでひとつ、合点がいったのでした。
確かに食べ物や環境によって
病気になってしまうことはあります。
本人が学校に行きたくない、
仕事に行きたくないと強く思うことで
体調を崩すこともあります。
本人のネガティブなエネルギーが
重篤な病いを引き起こすこともあるでしょう。
でも、ほんとにそれだけなの![]()
私のハテナ
はそこでした。
食べ物や環境というのは、
あくまでも後天の気を整える一つの要素でしかありません。
整っている方がいいでしょうけど、
そうしたって、どうしたって病気になる時はなるんです。
そしてね〜、
ここでまた個人的な見解なんですけど、
<生き物の生き死に>については、
「先天の気」と「後天の気」の他に
「なんだかわからない」
というのがあると思うんですよ。
つまり、そんなに原因をさぐっても
研究をしても<生きる>や<死ぬ>については
「なんだかわからない」
があると思うんです。
これについては、
![]() |
生きる稽古 死ぬ稽古
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↑この本の中で一照さんがわかりやすくお話ししてくださってます。
(宣伝になっちゃってごめんなさい
)
お医者さんでも
「なんで助かったのかわからない」
「なんで亡くなったのかわからない」
ということはあるようですし、
天災などでも、助かる人と亡くなる人は、
その差がどこにあったのか
「なんでかわからない」
ことが多いですよね。
生死については「なんだかわからない」ことだらけ。
そういうふうに思っていた方が
「決めつけ」に走ることが少なくなるんじゃないかと…。
それからね、終末医療のドクターと話していて、
「人間は必ず死ぬ。
そのことをわかっていてほしいんです」
と、おっしゃってました。
「病院に行けば、必ず助かるという
その思い込みも手放してほしい」
とも、おっしゃってました。
末期の患者さんに食事療法を強要したり、
患者さんが、どんな状態になっても生かしてほしいと懇願したり、
ご本人は、患者さん本人のためだと信じていても
介護されている方の<生への執着>から
逃れられない場合も多いようですよ![]()
これはいいかげんな話ではありません。
家族が死んでもヘーキになれといってるんじゃありません。
でも、どんなに大切なヒトでも
どれだけ愛していても
「なんだかわからない」から納得できなくても
人間は命が尽きていきます。
なのでね〜
もし、近しい方が病いに伏した時には
原因探し(アレがいけなかったんじゃない?とかコレが悪かったとかね…
)
に血道をあげられるより
その方とご自分が、
より豊かに健やかに暮らしていける方法を
考えていかれた方がいいですよね![]()
いや〜、
これは自分に対して言ってるところも大きいわぁ![]()
