ときめきの魔法 その29  ー<お名残り惜しい>はどこにある?ー |      生きる稽古 死ぬ稽古

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

早いですね〜。

引っ越ししてから、もうすぐ一ヶ月です。

 

十数年前、都内から千葉へと、

秋に引っ越してきたのですが、

その家から、わりと近くに、

今度は春のお引っ越しです。

 

以前住んでいた家は、私たちにとって理想的な間取りでして、

収納もたくさんありましたし、

大家さんは、それはそれはいい方でしたし、

 

あそこを引き払ってしまったら、

さぞやお名残惜しく、さびしい気持ちがつのるだろうと

 

そんなふうに思っていたのでした。

 

けれども引っ越してしまった今、

その<お名残惜しさ>がないのです。

 

お〜い、

私の<お名残惜しさ>はどこへいった?

 

 

これは荷物を出してしまったあとで、

掃除をするために戻ってきて写した写真です。

 

 

びっくりするくらいによそよそしいでしょ?

<ヒトの気>が見事に抜けてしまっています。

 

いったん、こうやってゼロになって、

そうして、また次に住まわれる方をお迎えするのでしょうね。

 

最後にここを離れる時に、

ちゃんと頭を下げて、そうして、

「今まで本当にありがとうございました」

と、家にむかってごあいさつをしました。

 

家っていうのは、やはりそこに住む家族のことを、

守ってくれているのだと思うのです。

家を離れる時に、

そのことが、とてもよくわかりました。

 

私、この<お名残惜しさ>がまったくないということが、

少しだけ、気になっておりました。

 

なんでかなぁって…。

 

そうしましたら、この一ヶ月の間に、

二回くらい、夢の中に出てきたのです。

 

何が出てきたのかというと、

<お名残惜しさ>が出てきたんです。

 

一度目は、引っ越してきた次の日くらい。

あぁ、コレはBlogに書きたい、と思いつつ、

忙しさに取り紛れて忘れてしまったゲッソリ

 

そして二回目が今朝。

こちらははっきりとおぼえています。

 

私はその夢を思い出すと、

今でも猛烈に、

(お名残惜しい〜〜)

という気持ちがわいてきます。

 

でもね、それは前に住んでいた家に対してではなかった。

 

夢の中では、

いろんなモノたちが、

廃れ、捨てられ、忘れ去られていくのです。

 

私はただ、それを眺めているだけ。

ただ見ているだけの目となりながら、

(お名残惜しい〜〜〜)

 と感じています。

 

その廃れ、捨てられ、忘れ去られていくモノたちというのは、

<押し入れ>だったり、

<布団>だったり、

<畳>だったり、

<座布団>だったり、

<振り子時計>だったりするのです。

 

昔の日本には、暮らしの中にあたり前にあったのだけれど、

今の住まいでは、見られなくなり、

使われなくなっていったモノたちです。

 

あれ?ポーン

それらってさぁ、今のウチにあるモノばっかりじゃない?

 

別に夢の中に、今住んでいる家のモノが登場したわけじゃありません。

 

どこかのおうちの、押し入れ。

しらない家の、お布団。

 

そういったものが次々とあらわれては消えていく夢。

 

(あぁ、昔はどこの家にもあったのになぁ)

(今の家の雰囲気には合わないよなぁ、不便だしなぁ)

(しかたがないんだけれどもね、でもお名残惜しいなぁ)

 

と、それらをながめながら、お名残惜しさを感じ続けている私笑い泣き

 

この夢の話を書こうと思った時にはね、

表面的には感じてないお名残惜しさ、

でもまだ、潜在的にはきっとあるだろうお名残惜しさだから、

それを夢の中で味わい尽くそうとしているのかも〜〜〜おすましペガサス

 

ということを書こうと思ったのですよ。

 

でも、こうやって書いているうちに、

別のことを感じました。

 

私は、東京に出てきてから、

いや、その前からずっと、

そう、ずっとずっと、お名残惜しさを

心のどこかに持っていたのかもしれない。

若い頃は、そんなこと、すっかり忘れて生きてきたけれど、

年を重ねるにつれて、

その<お名残惜しさ>に向かって

暮らし方を変えていきたいと思ったのかもしれない。

 

だから、住むところが変わったことのお名残惜しさよりも、

祖父母や両親が使っていたモノたちが雲散霧消してしまうことの方が、

<お名残惜しさ>がより強かったのかもしれない。

 

そんなことを感じたのでした。

 

もちろん、全部を持ってくることなどできないけれど、

家族、という垣根を越えて、

先達たちが使ってきたモノたちを、

たとえほんの少しでも

使いつづけていく暮らしをしたいと思ったのかもしれないね。

 

そんなことを、

なぜか、夢が教えてくれたようでした照れお茶