希望を感じる、ということ |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

今朝、外に出ると、とても暖かかった。
 
(あぁ、今朝はとても暖かいなぁ)
 
ということを感じながら
 
自転車置き場に向かって歩いている時に、
 
(今、身体が感じているこの感覚、
 
これを希望というのかもしれない)
 
ということを思ったのでした。
 
冬の朝、お布団から出る時、
 
玄関から外に一歩踏み出す時、
 
寒さに一瞬、身体が固まっていました。
 
その身体がほわっとゆるんでくる。
 
そうすると、
 
(今まで寒かったけれど、
 
これからは春に近づいて行くのだなぁ)
 
ということを、
 
理屈ではなく身体が感じているのです。
 
この感じ、これは希望だと思います。
 
希望ってね、今この瞬間だけではなくて、
 
ちょっと先のことも先取りして幸せになるような感じでしょう?
 
だから希望というのは、
 
普段の知覚よりも、
 
ちょっと大きな感覚なんじゃないかなっていう気がしています。
 
そういえば…
 
アウシュビッツの、あの極限の中で、
 
沈みゆく夕日の美しさに、
 
みんな作業の手をとめて見惚れていた
 
ということを、生存者の方が書いていたのを読んだことがあります。
 
↑これだったかな?
 
美しいものに全身が感応することや、
 
ちょっと先を予見できるような気配に希望を感じること、
 
理屈をすっ飛ばして、
 
するりと身体が感じることを、
 
私たちは大切にしていきたいと思います。
 
 
冬の太極拳は、
 
帽子、軍手、マフラーをつけたままやっていました。
 
ところが今朝のおけいこでは、
 
軍手とマフラーは、いりませんでしたよ口笛
 
こんなふうに、季節が変わっていくのを体感できるのって
 
本当に幸せなことですね義理チョコ
 
(↑たぶん、何度も感じていることなので、
 
これは何度もBlogに書いてるフレーズです、きっとてへぺろ