ひとり研究「年をとるということ」 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

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そうしますと、

 

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「一年前にこんな投稿をしていますよ〜」

 

というお知らせが来るんですチョキ

 

下矢印が、一年前の投稿。

 

年をとるということについて書いています。

 

そしてね、最近、私が書いた記事が下矢印コレ

 

 

この二つは無関係じゃありません。

 

どちらも、加齢についての考察記事です。

 

<ひとり研究>ですね。

 

たぶん、毎年、年の瀬にいろいろと振り返りながら、

 

年を重ねるということに考えることがあるのでしょう。

 

今日ね、自転車で家に帰ってくる時に、

 

歩いている中学生男子と、ちょっとぶつかりそうになりました。

 

どちらが悪い訳でもなく、

 

肩が触れるか触れないかのギリギリな感じ。

 

私は自分の口から

 

「すみません」

 

という言葉が出たことにホッとしました。

 

<ぶつかりそうになる>というひとつの状況には、

 

年上年下性別、関係ありません。

 

加齢とともに、年齢に上下関係をつけてしまうのは、

 

<心の衰え>だと私は思っています。

 

これね〜、

 

どこか降りてしまうということだと思うのです。

 

先にあげた記事にある

 

「ヒトの話をきかなくなる」というのも根底は同じだと思うんだけど、

 

もう、いいや〜。

 

私、オバさんだし、

 

いろいろと勉強する時期は過ぎたし、

 

わからないことはききたくないし、

 

別にいいよね? オバさんだもんね。

 

ってことじゃないかと思うんだけど…

 

違う? ねぇ、違う??

 

私が、なんで<ひとり研究>をしたいのかというと、

 

上に書いたようなところ(つまり自らオバさん化していくこと)に、

 

自分からわざわざ降りてしまうことはないんじゃない?

 

って思うからなんですよニコニコ

 

イヤでも年はとる。

 

イヤでも忘れっぽくなるし、

 

イヤでも老けていくし、

 

イヤでも見た目は劣化していきます。

 

なのに、なんで

 

自分からわざわざ降りてしまうのか??

 

自分で踏みとどまれるところは、

 

自分で踏みとどまろうではないか!!

 

という熱き呼びかけなのであります爆笑

 

(って、誰にはてなマーク

 

そういえば以前、二言目には

 

「私、オバさんだから〜」

 

を連発するヒトがいましたっけ笑い泣き

 

まだ40歳になるかならないか…っていうくらいのヒトでしたけどね。

 

(アンタ、それを後40年以上も言い続けるつもりなの〜びっくり

 

って、心から彼女と彼女の家族に同情してしまったものでした。

 

焦って老いを急ぐことはないよ爆笑

 

まだまだ、楽しいことはたくさんあるルンルン

 

これから一歩ずつ、

 

老人枠に足を踏み入れていくのだから、

 

この問題については、これからも考えていきたいと思っていますよニコニコ