久しぶりに、マッキー先生から、
長い長いメールがきました。
そのままコピペするよりも、
私の文章にしちゃった方がいいかなぁと考えたので書いてみます。
(もし、大きな間違いがあれば、訂正させていただきますね)
ある認知症の患者さんのケース。
どの程度かというと、
嫌なことは嫌だと暴れる。
すぐ泣く、すぐ笑う。
大声を出す。
車椅子で立てない。
排泄はオムツ。
だいたい2歳児くらいの印象だそうです。
相手のいうことが理解できない場合だとね、
危険で、できない検査があるんだそうです。
たとえば、前処置で2リットルの美味しくない薬を飲まなきゃならなかったり…
とかね。
痛いと言って暴れらたら内視鏡が腸を突き破ったりして命にかかわる…
とかね。
そういう検査はできない患者さんだったりするわけです。
そうするとね、
「認知症なんて検査できないって医者の言うことですか!」
と、娘さんから涙の抗議を受けるのですって。
ツライよねぇ、みんな![]()
身内が認知症になっても、できる限りのことはしてあげたい。
その気持ちはよくわかります。
認知症になっても、やっぱり生きていてもらいたい。
その気持ちもわかります。
解決策なんていうものはないと思います。
ただね、致死率100%。
これは生き物の理なのでしょうがないです。
できうる限りの<健やかな死>ということは、
考えていけるのではないかと思います。
認知症のおばあさんが、
痛がっていたり、苦しがっていたり、
悲しんでいたり、怖がっていたりしたら、
なんとか少しでもラクにしてあげたいと思います。
でも、暴れてしまってできないような検査をしてまで
治療を続けていくことが、本当に本当に、
ご本人のためなのかどうか![]()
正解はないですよ、ないですけれども、
介護をされている方が、そこのところを、
もう少し、考えるようにしていくことも大切かなぁと、
マッキー先生のメールを読んで思ったのでした。
タイトルに、
おもいっきり書いちゃったよ。
少しでも楽に
アチラに逝っていただきましょうよ♡
私ね、看取られる側でも、看取る側でも、
そうしてほしいなぁって思います。
生ききる
っていうのは、どこかまで治療をしてもらったら、
あとは、本人の、生命体としての寿命をまっとうしてもらう
という、それ以外にないと思うのよね。
そんなにわりきれるモンじゃないと思うけどね。
簡単に言われたくないわってことだと思うけどね。
でもね、そう思うのよ。
少しでも楽に
アチラに逝っていただきましょうよ♡

