不愉快な思いや、
絶望的な気持ちや、
怒りで我を忘れるといったことや、
そういう気持ちになっていないなぁ
ということに気がついて、
それはとてもありがたいことなのだなぁと痛感しています。
何でそんなことを感じたのかといえば、
ちょっと心が傷ついたからでした。
そういうことがあると、ふだんのありがたさが身にしみます。
これって、一日たってからダメージがくるのよね

で、お昼寝しました、私

寝る前に、カフェに行って、
自分の気持ちを向き合って文章を書いて、
起きてから文章を見直して、
それを直接、ご本人にお送りしました。
これは、たぶん初体験です。
何でそうしたかと言いますと、
私が<傷ついた>と感じた言動のご本人は、
とてもチャーミングで魅力的な、素敵な方で、
もちろん私を傷つけようという意図などまったくなく、
ただ<たまたま>そうなってしまった、
ということだと思ったからです。
しかも、私が感じたことって、
きっと伝える必要があるんだろうなぁって、
それをとても感じたからです。
友だちや家族に愚痴って、
「あぁ、すっきりした。
じゃあ忘れるね」
っていう方法もあり

あ、私もそうやって話をきいてもらいました

でもね、一晩寝て、
スッキリしたかと思ったら、
<傷ついた、ツラかった>から、
<なんかムカムカする、理不尽だよコレ>みたいな怒りに変わってた

そうですよね、気持ちってこうやって
さまざまな感情を通過していくのですよね。
ソマティック・エクスペリエンスということを、
少しだけ学ばせていただく機会もあり、
昨日は「ソマティック・フェスタ」という
ココロとカラダのつながりを考えるような催しに
参加させていただいたことでもあるので、
これはひとつ、
直接ご本人に私の気持ちを伝えようと思ったわけです。
たぶん、初めてです、私

「あなたの言動がツラかったです」とか
「あなたにこう言われたことで私は傷つきました」とか、
家族以外のヒトに、そのご本人に、
自分の負(といわれている)の感情を直接送るということは…

でもね、それを書いていて感じたことがあったの。
楽しい内容じゃないし、直接的な言葉を使っているけれど、
言葉の一つ一つにドロドロとした陰湿なものがまとわりついてない。
ただ、言葉そのものになってるなぁって思った。
これはちょっと不思議でした。
相手が傷つかないように、と気を使いながら、
行間に怒りをしみ込ませると、
受けとった相手に、それは伝わってしまうと思います。
(かつて、やってしまった経験あり
)でも、今回はそういう文章にはなっていないと思います。
受け止めるのはご本人で、
それをどう感じられるのかもまたご本人。
そこには執着しないようにして、と

今日は、もう少しだけ、怒りの感情が残っていればつきあいます。
別に時間がかかってもいいもんね〜

この本はソマティック・エクスペリエンスを学ぶのに、とても役に立ちました。
心と身体をつなぐトラウマ・セラピー/雲母書房

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