ケモノ欠乏症 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

いつもの帰り道、自転車を走らせていた道の脇で、

立ち話をしている二人の女性が目に入った。

一人は二匹の、もう一人は一匹の犬を連れている。

その脇を通り過ぎた瞬間に、

自分が足りないものに<気がついて>しまった。

足りないこと、不足していることを、

さびしい

と思っている自分に<気がついて>しまった。

猫が家にいなくなって半年。

半年の間、ケモノにさわっていないことに、

我が家にケモノである猫がいないことに、

そしてそのことがさびしいことだということに、

<気がついて>しまったのだった。



これはきっと、

<ケモノ欠乏症>

なのだろう。

ヒト以外の生き物と暮らして、

その生き物がいなくなった時、

この欠乏感を感じた人は多いんじゃないのかしらん?

あのあたたかな、優しい手触りが、

どれだけ私に癒しと元気を与えてくれてきたことか。

腕の中で丸くなったその体躯に、

どれだけ平安をあたえられてきたことか。

あの猫をもう一度抱っこしたい。

あの猫をもう一度なでたい。

その気持ちを<なかったことに>してたんだって、

その気持ちに浸ることに我慢をしてたんだって、

そんなことがわかってしまったよ。

これからも、たびたびこんな気持ちにはなるんだろう。

もう一度、会いたくて会いたくて、

たまらなくなるんだろう。

でもまぁ、そんな時には我慢をせずに、

「会いたいよぉ」と言いながら、

思いっきり猫との思い出に浸って過ごそうニコニコ

本当に、楽しかったのだものねドキドキ