上司と飲んだ |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

先日、神田のまぁ<これぞ居酒屋!>という店で、

会社員だった頃の上司と飲みました。

私は高校を出てすぐに地元で就職したので、

高校を卒業したばかりの、

ぴっちぴちの新入社員だった頃の上司です。

飲みながら笑ったんだけど、

今、ドラマで「主任~~~」って、やってるんだってねニコニコ

それね、もう何十年も前からやってますからニコニコニコニコ

会社にいた頃の役職で、

その後のおつきあいも呼んでしまうんですよね。

そのときに課長だったヒトには、

その後会うと「課長~」って、呼んでしまうし、

「係長~」とか、「部長~」とか、

それが呼び名になってしまう。

なので、私はいまだに時々、飲みに誘ってくれるその上司のことも、

固有名詞で呼んだことがありません。

「シュニン~~」って呼びますヽ(゚∀゚)ノ

このシュニンからは、在職中も、今も、

たくさんのことを教えてもらっています。

<楽しく仕事ができるヒト>だったのでね、

そういうところをとっても尊敬しているんです。

今回は、

「川上ジャイアンツは、なぜV9を達成できたのか?」

のお話。

おもしろかった!!

川上監督が、当時どれだけの先駆的な改革をなしとげたのか?

そんな話をたっぷりときくことができました。

<工藤公康、桑田真澄、上原浩治、川上憲伸、野口茂樹>

これらの投手を指導し、エースへと育てたヒトって、

誰だかわかりますか?(って、突然クイズか?)

それが日本野球界におけるリリーフ専門の草分け的存在だった

宮田征典というヒトだったのですって!!

でね、この宮田投手がリリーフでマウンドに上がる時間から、

「<八時半の男>宮田征典」

って呼ばれていたんだって!!

かっちょいい~~~ラブラブ!



この宮田投手をリリーフとして起用して、

城之内や金田を先発で投げさせるという、

「適材適所」の実行が、V9の大きな力となった

というのがシュニンの見解の一つだったのね。

もちろん、他にもたくさんあるんだけど…。


スポーツの世界からも、

教えてもらえることはたくさんあります。

それを教えてくれる上司がいるということは、

とってもありがたいことだと思います。

そうそう、二軒目に行った焼肉屋のおかみさんから

名刺をもらっちゃったんだったビール

シュニン、またよろしくお願いします。