せつないということ |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

世の中には、

カミサマからのご神託をきくことができるヒトや、

龍や稲荷などからのメッセージをきくことのできるヒトや、

目に見えない世界と通信できるヒトは、

けっこういらっしゃいます。

その真偽について話したいわけではないので、

興味にない方にはスルーしていただくとして…ニコニコ

私は、そういう方々から、

大切なことをたくさん教えてもらいました。

中でも、

「なるほどなぁ~~」

と思ったのは、

この現世と言われる世界で

生きているからこそ感じられることがある。

それを心から味わい尽くし、感じ尽くすのが、

この世に生まれてきたことの醍醐味なのだから

存分に味わい尽くしなさい


という意味のことに対してでした。

私がそれをきいて真っ先に思ったのは、

せつない

という気持ちでした。

できれば、<せつなさ>なんて、

味わいたくない。

なければ、ないほど幸せなのだと思っていたんです。

けれども、<せつない>という気持ちというのは、

生きているからこそ味わえる大切な気持ちです。

たとえば恋愛をして、

自分がどれだけ相手のことを好きでも、

相手が自分を好いてくれるとは限らない。

相手には、別の好きな人がいたりしたら、

または、今では気持ちが離れてしまったのだとしたら、

それはそれは、せつないですよねあせる

そしてまた、恋愛に限らずとも、

どれだけ相手を大事に思っていても、

ずっとずっと、いっしょにいたいと思っていても、

身体には限りがあるので、

いつかは死んでいくわけです。




大好きな猫が、亡くなって、

ここにはもう、存在しないこと。

今の私にはそのことが、とてもせつないです。

なのだけれども…

私は、このせつない気持ちを、

今ではとっても大切に感じるようになりました。

猫に会いたくてたまらなくなる。

猫のことを考えると、せつなくなる。

これは私が生きているからこそ、

感じられる気持ちなのだなぁ…ということを、

せつなさと同時に思うようになったからです。

失恋することと、死別すること。

これは人生の中で、ものすごくツラいことです。

けれども、この気持ちは、

生きていなければ決して味わえない気持ちなのだと思います。

目の前から、いなくなってしまった命を

偲ぶこと、悼むこと。

そして、

会いたくてたまらなくなってしまうこと。

それを、生きている間に

味わい尽くそうと思っています。

この気持ちを愛おしく味わっていこうと思いますラブラブ