声に慈悲の心を乗せる |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

もちろん強み発掘は、

男性にもいたします。

先日、実家に帰った時には、

若い男性の強み発掘をさせていただきました。

牧 唯嗣さん。

彼が話しはじめてすぐに、

(あれ?この声は普通のヒトと違うぞ)

ということに気がつきました。

声が強みである

というヒトがいるのです。

以前、イナホさんの強み発掘をした時にも、

「その声は強みですよね~」

ということをお伝えしました。

「その声は財産なので、強みだと思って使って下さい」

とも言いました音譜

その時のことを、イナホさんが記事にしてくれています。

こちら~

声に力があるヒト、

声にエネルギーや気持ちや、

何かを乗せて伝えることができるヒトは、

それは強みなのではないかと思うのです。

イナホさんの場合は、

「ある、いるという存在の強み」でした。

その声がよく通るので、

本人は大きな声を出しているつもりなどなくても、

「あ、イナホさんがいるんだな」

と、認知されるという強みです。

そして唯嗣さんの場合は、

<声に慈悲の心を乗せる強み>

なのです。

慈悲の心というと、固過ぎるかなぁ?

本人は自覚してませんでしたが、

彼は声に、

癒す、慈しむ、なごむ

というような波動をのせて伝えることができるのです。

そのことに気がついた時にハッとしました。

実は彼の家はお寺さんでして、

その跡を継ぐかどうか、考えているところなのだそう。

もちろん、ご自分でどうするかは決めるのでしょう。

が、跡取りになるかどうかは別として、

「この声はお経をあげるのには素晴らしい強みがあります。

仏様の慈悲の心を乗せて、

ヒトの心に届けることができるからです」

ということはお話しました。

そしてもうひとつ。

「あなたは子どもの頃、どんな子でしたか?」

という質問に対して、

「自分は特別な子だと思ってました」

という答えが返ってきたのです。

興味深いですね~ニコニコ

これはね、

「オレってすごいんだぜ」的なことではないんです。

唯一無二の存在としての自己の確立が、

小さい頃にちゃんとできているということ。

「自分は特別な存在である」という世界観が、

子どもの頃に、もうすでにできあがっている。

これは強いです。盤石です!!

この世界観が足下にあり、

彼がやりたいと思っていることは、

仰ぎ見る先の「仏性」で、

すべてつながっています。

今回、いろんなことが腑に落ちたようなので、

あとは、やりたいことを、自分のペースで

すすめていくだけなのですよね~ニコニコ

「最後にききたいこととか、何かありますか?」

とききましたら、

「あ、強みの絵を描いて下さい」

と、言っていただきましたよ音譜