貧しさよりも孤独感 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

以前の記事で

なにやらわからぬやるせなさ

ということを書きました。

それについてのDr.マッキーからのメールです。


その通りですが、

そんなどうしようもない辛さが

精神的なことで和らぐこともあるのです。

不幸にして麻薬が効きにくい疼痛で苦しむ患者様でも、

お孫さんが来ると、痛みを忘れて笑顔になる。

こういったことはよくある話なのです。

(ほぼ)健康に暮らしていらっしゃる方でも

似たような経験をお持ちなのではないでしょうか?


そして、孤独がもっとも不快な症状を悪化させます。

一人でいることではなく、「孤独」が悪いのです。

癌告知の良い点はここにあります。

真正面から捉えるから。心からその場にいられる。

嘘の病名を言って治ると思わせておくと、

こんなに頑張っているのに何故良くならないのか?

という疑問が生まれます。

そして、嘘をついていると、

心から寄り添うことができません。

「死ぬんじゃないかと思うと怖いんだ」

と言われたとき、

治ると嘘をついていると、

「何馬鹿なこと言ってるのよ、頑張りなさいよ」

と遮ってしまい、患者さんの心に寄り添うことができません。

患者さんは目の前にだれかが居ても孤独です。

この場合、

死についての不安を共に受け止めることが必要なのだと思います。

答えはなくても、不安だということに一緒に向き合う。

エネルギーが要りますね。

患者さんとともにご家族の心にもケアが必要なのです。

死の不安、

病気の苦痛をシェアすることはできなくても

ともにあって、寄り添うことで症状が緩和される。

これが、孤独からの解放と言って良いのではないでしょうか?

物理的に一人で過ごしていても、

良き理解者が存在している方もまた

孤独ではないと言えると思います。

最後の最後は「手当」が要るのですよね。

そして、聴力は最後の最後まで残ると言われています。

様々な臨死体験の報告でもそう言われています。

ですから、意識がないように見えるときでも、

ご家族様に話しかけてあげるように伝えます。

そして、スタッフも最期を迎えた後まで、語りかけます。

本当の終末期に医師ができることなんて、ほとんど無いのですよ。




この話をきくと、

マザーテレサは、

「本当にツライのは、貧しさよりも孤独感なのです」

と、よくおっしゃってたようですが、

その通りだと思います。

寄り添ってくれる人がいてくれるだけで、

ツラさが和らぐこともある…

確かにそうかもしれないですね。

嘘の病名だと、

確かに患者さんの不安には寄り添えない。

苦しい選択ですが、

いつかは誰もが考えなくてはならない問題なのですよねあじさい