触れるということ、触れないということ |      生きる稽古 死ぬ稽古

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

最近、ボディワークの取材をしておりまして、

その先生の近くに座ってお話をきき、

メモを取ったりしていたら、

どんどん身体が整ってきて、

グラウンディングしていく自分に気がついたのです。

帰りの電車の中で、

座席に座ったときには、

それをさらにはっきりと感じました。

そういえば去年、

「動的感覚の扉を開く」という

WSに参加した時、

講師の田畑先生や、片山先生の、

かぎりなく<触れない>セッションの方法に、

(ここまでススんでいるのか~~!!)

と度肝を抜かれたのでありました。



今までは<非科学的>とされてきた、

この<触れない>という領域。

私はこの領域にこそ、

やすらぎや、くつろぎ

そして、自己調整や、自己治癒という

ヒトを快にいざなうざまざまなヒントが

かくされているのだと思っているのです。



昨日書いた、てのこの記事でも、

部屋に入ったとたんに身体が感じた部屋の雰囲気

について書きました。

きれいに整え、掃除して、

そして浄化をしている部屋には、

目に見えないやさしさや、あたたかさ

というもので満ちあふれているのです。

それがヒトの身体に作用しないはずがありません。

そんなわけで、近頃とみに、

今まで<何もない>と思われてきた領域にこそ、

<大切な何かがある>と感じているのですラブラブ