おんりゅうさん<お話3> |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        



おんりゅうさん<お話3>

みなさんは、
もしかしたら古事記を読んだことがあるかもしれません。
古事記の中にはとっても大事なことが書かれています。

この中で忘れてもらいたくないのが、
神と私たち(人間のこと)が
血がつながっているということが書かれているということです。

これらのことは、
湯島天神の小野善一郎先生がしゃべっていることですので、
そのことも付け加えておきます。

「天照大神(あまてらすおおみかみ)が私たちの胸のところにいる」
と、小野先生は話します。

一人一人の胸のところに、天照大神がいる。
天照大神と日本人とは血縁関係であり、
おじいちゃん、おばあちゃん、
ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、
そしてずっとずっとさかのぼっていくと、
みなさん天照大神と,
血がつながっているんです。

私たちは神様と血がつながった人たちなんです。
だから、
お父さん、お母さんは、あなたより一つ神様に近い人、
おじいちゃんおばあちゃんは
お父さんお母さんよりも一つ、神様に近い人、
だから年寄りのことを大切にしましょうね
ということを伝えてきたんですね。

そして一つ一つの魂、命は神様とつながっていること。
みんなが等しく、同じように尊いんだよ、ということ。

だから意味もなく命を奪いさってはいけない。
お互いにその命を大切にしあわなければいけない。
だって、神様がここにいるんだから!
今ここにいるのは、みんな神様なんだよ。
ということを、伝えてきているのです。

お互い様という言葉が、日本語にはあります。
それはお互いに神様であるということを
日本語に残したんですね。
お互い様というのはそういう意味です。

そしてお互いに神であるということを、
日本人は日本語という林の中に隠したのです。

みなさんは一人一人、
神様と同じように尊いのだということ、
そして私たちは平等なのであるということを、
古事記の時から書いていたんですね。

いかに日本人というのは
平等なのだということをわかっていたのか?

基本的に人間の魂といういうのは、
みんな等しく、尊いんだよということを、
古事記の頃から伝えてきていたのですね。

このようにして神様とつながっているわけです。
そして神社では、毎日毎日神様にご飯をあげて、
今日もよろしくお願いしますと神官たちがお供えをしている。

これは今、この地球上で私たちがいる生活の中で、
太古の昔にいたはずの神が今も生きている、そ
のことを毎日毎日、
神社でやっているということなんです。

このことは小野先生がいうそのものなんですけれども、
他の宗教では、自分の神様とは血縁ではないです。

それ以前に宗教ということになりますと、
基本的に血がつながってるということにはならない。

今までには
宗教をめぐっていろいろな悲しい歴史もありましたけれども、
もともと日本民族というのは、
とても命のことを大切にしている。

人とは違った姿形をした人とも分け隔てなく、
等しく同じ魂を持って生まれてきたのだと
昔の日本人は知っていたんですね。

そのようなことをぜひもう一度、
思い返していただきたいです。

神が人間を作ったのではなく、
人間が神を作ったのだということです。
このことをぜひとも忘れないでいていただきたい。

そして<日本人>ということを、
古事記では書いてしまった。
そこにはいろいろな事情があります。

それは選民意識というような、
私たちだけが選ばれたのだとか、
そんなことが言いたかった訳ではありません。

たまたまその当時は世界が狭かったのです。
だから日本人、大和朝廷というような
言葉を使ってしまっただけなのだということを
おぼえておいていただきたい。

そして、一人一人の命が、
お互い様であり、
とても大切なものなのだということを、
ぜひともおぼえておいてもらいたい。

また、みなさんの中には、
どうやったら完璧な人間になれるだろうか?
というような、
完璧という枠にはめたがっているような、
何かこう、すばらしいものというのが
自分の外側にあるというように
思い込んでいる人たちがたくさんいます。

私はこれについて説明するのに、
いつも難儀をしていますので、
ここでまとめて説明したいと思います。

外側に完璧なものがあるということはないです。
そうではなくて、
まず生まれてきたということだけで完璧なのである。

みなさんがおっしゃる完璧というのは、
今ここにいるだけでいいわけがない、
という意味で使っていらっしゃる。

かんばってがんばって
テストで100点とれるようになったとか、
今よりもっと違うことができるようになって
はじめて手に入れられるものなんでしょう?
とおっしゃるんですけれども、

まず、そういう価値観はそういう価値観として
持っておいてください。
私はそれを否定するものではない。