誤認のグリン |      生きる稽古 死ぬ稽古

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

たしか去年だと思うけど、世界観の誤認について書いた。

世界観というのは、

一人一人、個々人が持っている

「世界はこのようにできている」

というもの。

これが現実からズレていると、自分の人生を生かすことができないということだ。

ここが、うまくいかない。

あるべき本来の世界観にグリンといけない。

なにかつっかえている。

覚悟を肚で決めれば、それは2秒でできる。

と松原さんは言うのだけれど、私はそれができていない。

先日の強み勉強会で、
個人的に一番ききたかったのは、
ここのところだった。

「やりたくない」
「うまくいきたくない」
「痛みを避けたい」
そう思ってるんじゃないですか?

と言われて、

甘えてるだけ!

と、思い至った。

世界観の誤認についても、それは一つじゃなくって、いろんなものが「ない」になっているのだということにも、気がついた。

「コツコツと積み上げて、自分の世界を築いていこうとしたところで、どうせ否定的な何かがやって来て、それを粉々にしてカラッポの世界にしてしまうんでしょ?」

という茫漠とした諦めの世界観があった。

ちょっとビックリしたけど、ビックリしてる暇なんかないよなぁとも思った。

ひっくり返そうよ。
これって単なる勘違いだよね。

そう、勘違いだって、
今ならわかるもの。

世界観の誤認をグリンとひっくり返し返す、というのは、逆上がりのようなもんじゃないかなって思います。

{97751C46-76A6-45A4-A661-C6058701D92E:01}



逆上がりには、できるかできないかがあるだけ。

徐々に、とか
コツコツ、とかはない。

どんなに言い訳しても、
「痛みを引き受ける覚悟がない」
っていうのは、単なる甘え。

甘えてるだけ。

で、

「世界観の誤認がグリンってなったら、すごくスムーズに物事が進むのに~」

っていうのも、甘えてるだけ。

甘えてなければ肚で覚悟ができて、そこで踏ん張れたらグリンはあるかもしれない。

そう思ってやっていく。