2016年10月25日~2017年2月26日迄。
マリー・アントワネット展 (M・A展)
今日のブログでも2点をご紹介致しましょう。
まずは
「ルイ16世の処刑 1793年1月21日」
1793年
油彩 カンヴァス

「もし彼女が自分に何らかの落ち度があったと思うような事があれば、
私が彼女に対して何の不満も抱いていないということを確信してもらいたい。」
本当に、妃を愛していたんですね。
漫画「ベルサイユのばら」の中では
ルイ16世は小柄でお太りになられていますが
今日ご紹介の絵をご覧ください。
実は大柄な人で細身だったんです。
幽閉後にお太りになられたようです。
アントワネット妃と結婚した時には彼は15歳で身長178㎝ありました。
王になった20歳の時には192㎝あったとされています。
妃は小柄な人で150㎝ほどだったんです。
王と40㎝ほどの身長差があったのですね。
さて、
ルイ16世の処刑にあたり
賛成票と反対票が361対360で
1票差で処刑が決まったとされていますがこれは間違いです。
処刑賛成派361票の反対派は288票で、差は73票もあります。
彼は無能な人では決してなく
多くの改正を行った人でもあり
ルイ16世を慕っていた人もとても多かったようです。
彼が処刑された後に後追い自殺をした人も後を絶たなかったようです。
「1793年10月16日の事件、マリー・アントワネットの処刑」
1794~95年
エッチングとエングレーヴィング
35.7×46.5㎝(版寸)
王と王妃の処刑は1793年です。
フランス革命勃発から4年後です。
王は1月21日に処刑され、その約9ヵ月後に妃は断頭台に上っています。
王と妃は集団墓地にまず埋葬されていました。
一説によると、処刑後に妃は草むらに2週間も遺体を放置されていたとの記録も残ります。
マドレーヌ集団墓地に二人は埋葬されていたのですが
二人を慕っていた人間が、
彼らが埋葬されている場所を植木で取り囲んでいました。
それが功を奏し、彼らが埋葬された場所が特定されていました。
王政復古と共に遺体が掘り起こされ、
ルイ16世の22回目の命日に
遺体の一部ではありますが
歴代のフランス王が眠るサン=ドニ大聖堂に夫婦で埋葬されました。
今頃、ご夫婦は天国で何を語っていらっしゃるのでしょうね。
「我が妻は、流石の人気。東京では40万人が妃の特別展に足を運ぶとは。」
「まぁ~。あなたったら。」
なーんて語り合っているかもしれませんよ。
それでは、又、
明日のマリー・アントワネット展ブログでお目に掛かりましょう。
私の解説付きで特別展をご覧になられたい方は
お早めに御申し込み下さいね。
2月26日迄です。
ライフメソッドアドバイザー 山下純子
(2016年10月25日~2017年2月26日迄)
*お二人様コースあります。
