まぁ、色んなことがあったのだけど、
今は離れて暮らしているから、見なくてもいい部分を見てないっていうのは
正直あると思う。
実際、今もメールでのやり取りだけ。
以前は離れて暮らしていても、週に1度か10日に1度の電話は当たり前だった。
私が望んでいる関係性ではなく、とにかく母の為に、
いや、母にいい子だと認めてもらいたい自分の為にやってたんだと思う。
母がして欲しいことは、何でもしてあげた。
これが欲しいと言えば、無理にでもそれを用意した。
でも、それでも私は満たされない。
だって、それは本当は自分がしたいことではなく、
見返りに、自分がして欲しいことを望んでいるから。
だから、そういうことは放棄して、
良い子だと思われなくて良い。
愛が欲しいのならば、愛が欲しいって言えば良い。
そう、思ったのね。
3ヶ月くらい前にそれを行動にうつし出して。
いつだったか、すごくしんどい時があってね。
『お母さん、助けて』って素直に言ったの。
そしたら母は、無条件に私を助けてくれた。
何も見返りを求めることなく、ただただ助けてくれた。
そのとき、見返りを求めまくってた数年前の私を恥じたんだ。
そこで、もう一手。
『お母さん、私のこと愛してる?』って聞いてみた。
そしたら母は、
『そんなの当たり前じゃない!愛してるよ。』と言ってくれた。
ずっと、愛されていないと思い込んでた。
以前はこの言葉がどうしても言えなかったし聞けなかった。
恋愛にも大きく影響してたんじゃないかなって思う。
母は良い子の私なんか望んでなかったのかもしれない。
ただ、私に甘えて欲しかったのかもしれない。
どこかで、頼られたかったのかもしれない。
それをどこかで知っていたし、
過去のわだかまりが邪魔をして、絶対に言いたくなかった。
だけど、乗り越えたかったから。
もう、愛されないのが当たり前だという生き方はイヤだったから。
そんなこんなで、最近では、欲しいと言わなくても、
なんやかんや物を送ってくれたりするんです。
昨日も送られてきたのが、なにやら高級そうなハンバーグ。
仕事のお付き合いで注文しなきゃいけなかったらしいのだけど、
母は牛肉が食べられない人なので、私に送ったと。
地元には弟も、自分の兄弟もいるのに、
遠い大阪にいる私に、食べさせたいと思ってくれた母の気持ちが嬉しかった。
この言葉を言ってみてと、きっかけをくれたのは、
ゆーすけさん。ありがとうござました


