心のもんだいは体に置き換えてたとえてみるとわかりやすくなるとおもった!

たとえば成長期に充分な栄養が摂れてなかったとしたら、大人になっていくらたくさん食べても成長期にあるような成長の仕方はないでしょ?心もおんなじ!子供の頃に与えられなかった(と感じていた)ものは、いくら大人になって頑張って得ようとしても濡れ手に粟なんだわ!ことわざの使い方あってる?ぐぐれムシ!

最近つくづく思うのは、人間の中身はそう簡単に変われやしないってこと!まだ見た目の方が簡単に変わるわ!せいけいとかあるし!中身もんのうすれば簡単に変わるかもしれんけど!

健やかな精神はそりゃ理想的ですが、そーじゃない人間がいくらそれを羨ましがったってそうなれないんだからますます健やかから遠ざかるんだから、だったらイカレテル人間はイカレテル人間なりにてきとーに折り合いを付けることがだいじだとおもってます。

学校に行かない方が行くよりましな状態でいられる人間もいるように働かない方が働くよりましな状態でいられる人間もいるように結婚しない方が結婚するよりましな状態でいられる人間もいるように子供を産み育てない方が子供を産み育てるよりましな状態でいられる人間もいるように、まぁたぶん生きるよりしんだ方がましな人間もいるんでしょうけどそれでもムシは生きている!!!!!!