自分からの矢印で相手を考える
後者だからナチュラルボーンでこの方法をずっとやってて、色々上手くいきませんでした。
で、
自分を排除し、相手の周辺やバックボーンを考える
をやっていくようになりました。
たとえば旅先でお土産を選ぶとき、
プレゼントを選ぶとき。
とても、疲れる。
どんなものが好きか嫌いかを考察する為に、
その人が過去何を言っていたか
今どんな環境にいるかを
とにかく思い出して考えて
その人の顔を思い出しながら店を周る。
これかわいーこれおいしそー
と、自分の気持ちが出てくると自分の欲しいものにフォーカスしてしまうので、それをぐっととめて、
その人のことを考える。
服装、趣味、ファッション、飲食の好み…
疲れる。
疲れる。
私はそれがとても疲れる。
本当に苦手だ。
どうしてもエネルギーの使い方が間違ってるのだ。
こんなに疲れて選んでも
喜んでもらえた記憶は少ない。
中学か高校のときのことを思い出す。
「お金払うから買ってきて」とお願いされたから選んで買っていったのに、「こんな高いの払えない」と受取拒否されたからことがある。
中華街に行くからとチャイナ服を頼まれて
一万円するものを買っていったのだ。
それを拒否された。
学生なのにそんな高いの買ってくるなんて非常識だったらしい。
私にはそれがわからなかった。
一生懸命選んだのに、
お金払うから買ってきて〜って頼まれたから買っていったのに、
一万円したのに、
受け取ってもらえず一万円払ってもらえなかった。
依頼されたのが女子向けの可愛いスリットのチャイナ服ではなく、紺色の上下別れた男性ものだったから探すの大変だったのに。
自分が欲しい服でもないから何の意味もないモノになった。
あれは悲しい出来事だったなあ。
私って非常識なんだなってすごい凹んだ。
でも今書いてて気付いたけどさ、
ひどくないか?
私の気持ち踏みにじられて、
私超かわいそうじゃん。
一万円無駄にしたって怒られると思って親にも言えなかったし。
私の選び方が悪かったと思って
罪悪感で友達にも言えなかった。
喜んでほしくて一生懸命選んだんだ。
私、悪くない!!!
(/ _ ; )
私はプレゼントが苦手だ。
お土産を選ぶのも下手だ。
先日北海道に旅行行ったが、誰かにお土産というのを考えるのをやめた。
私には向いてないのだ。
その代わり夫(前者)がそれを苦もなくできるようで、
どこかへ行く度、これは誰にこれはあの人に、
と買っていた。
素晴らしくてありがたい。
抹茶アイスをいただいたお茶屋で、お茶の葉と海苔を買った。これならお土産にいいかもしれない。
たまたま見つけた「私が」良いと思ったもの。
喜ばれなくても、もうどうでも良い。
自分を排除して相手を考えることはとても素晴らしい。
けど、それで疲れるなら元に戻ってもよい。
結局私は今、自分が良いと思ったものしかあげない。その人が、それを要らないとき私が気持ちよく貰い受けるつもりで。
私は人の好きなものがわからない。
わかることができない。
それが永らく劣等感だったけど、
そのままでいい、
ということにする。
私は誰かの好き嫌いを決めつけない素晴らしい特性を持ってる
ということにした( ✌︎'ω')✌︎