前回のブログの続きです。

前回の投稿
何でもチャレンジしてやる!と言うような若い頃の心持ちやスタンスの変化を経て

最近私が意識するようになったのは
出来なかった事」
ではなく
「出来た事」「出来ること」
に目を向けるということ。


50代後半になって、確かに体力は落ちたし、記憶力だって昔ほどではない。
新しいことを覚えるのだって、ちょっと不安を感じる事もある。


でも、そこにばかり目を向けていたら、何だか心が萎縮してしまう気がする。


だから、これまでの人生で積み重ねてきた経験という財産や、ステキな方との関係性、そして何より今この瞬間にも確実に「出来ている」小さなこと。


夫と交わす「おかえり」の挨拶。
今日一日あったくだらない出来事の雑談や爆笑。
友人からの連絡に返事を書くこと。
こうして、ブログを書いたり、ちょっと気分の上がる写真を撮ったり、美味しい紅茶を淹れたり。


そんな些細なことでも、一つ一つが私にとっては「出来てること」で、何かとの繋がりを育んでいる。

そして、心がほんの少し豊かになるような、そんな「出来てること」。


昔の私なら、もっと大きなことを成し遂げなければ「出来てる」なんて思わなかったけど、今はちょっと違う。


それは諦めとか、大きな事が出来ない事への気持ちがちぢこまるような解釈じゃなくて

昔からしたら些細な、でも豊かな時間や経験が確かにあると認められたからなのかもしれないな。


そして、この小さな積み重ねこそが、私らしい何かの貢献の礎になるのかもしれないと思えるようになった。


⭐️不足よりも可能性に目を向ける

年齢を重ねると、どうしても「もうこれは無理」「時間がない」という不足感に捉われてしまう。
でも最近は、そんな時こそ逆の発想をするようにしている。


「まだこれが出来る」
「まだ時間がある」
「まだ学べる」

そして、今までは感じ取ることのできなかった、小さなことや、日々の豊かさを感じることが出来るようになったことが嬉しい。



⭐️自分に許可を出してみる

この年齢になって今までは出来なかったことが出来るようになった事がある。

それは、自分に「許可を出す」ということ。

完璧でなくてもいい。
人と比べなくてもいい。

私のペースで、私のやり方で、私に出来る範囲で、いい。


そんな風に自分に優しく許可を出せるようになった時、生きる力や希望が生まれることに気づいた。


「完璧にやらなければ」という呪縛から解放されると、「とりあえずやってみよう」という軽やかさが生まれる。

その軽やかさこそが、新しい可能性を開く最も大切で大きな鍵なんじゃないのかな?と感じてる。


⭐️これからの季節を、等身大の自分と生きていく

まもなく60代を迎える私だけど、今は不安よりも楽しみの方が大きい。

なんて言うと、まだちょっとムリがあるけど、やはり人間は未知の世界が怖い。

だけど、この許可力をもっと太く出来たなら、今の私に何が出来るのか、どんな風に誰かの役に立てるのか、どんな新しい自分に出会えるのか。


そんな可能性にフォーカスしていると、年齢なんて関係ないような気がしてくる。

むしろ、これまでの人生があったからこその今がある。この積み重ねがあるからこそ、今の私なりの貢献ができる。


季節が変わるように、私も新しい季節を迎える準備をしながら、今日出来ることを大切に積み重ねていこう。

小さくても、確実に。
私らしく、丁寧に✨


先日、ふた回り以上も年下の😂

20代男子との飲み会で、2次会はテラスにあったテーブルで外飲みしました笑

高校生かっ!てほど何だか新鮮で楽しかった笑い泣き

久しぶりに飲み過ぎました😅