真夜中の更新です。
戌年初めての御挨拶となります。



昨年中は、家族である家猫の秀子ママや、通勤路の川辺に住む黒白のパトリック、そして、2012年から親しく寄り添っていて発病をきっかけに最期の時を保護した茶白のトラコ

酉年もまた、虹の橋を渡って行った大事な命たちがありましたので、喪中の気持ちでいた猫執事です。




最初の通院となった時の秀子ママ‐‐‐‐‐他の子達の時には心折れそうになりながらのキャリー移動も多々ありましたが‐‐‐‐‐ママは本当に大人しくしてくれて助かりました。ありがとう。(2017・3・25 渡虹橋)










川辺に暮らしていたパトリック‐‐‐‐‐早朝出社した日曜日の朝の姿、初めて抱っこ出来て、頭をグイグイと未熟者のお腹に擦りつけてくれたフレンドリーさに、かつては家猫さんだったのだと確信‐‐‐‐‐これから、もっと寄り添おうと思った日の映像‐‐‐‐‐それから数日後の木曜日の朝、堤防の下の川辺に横たわっていたパトリック、帰りまで仮安置して夜に抱きしめて語り合いました。(2017・7・6 渡虹橋)










トラコは、先にサポートしている方がいらっしゃったので見守りの立場だったのですが、いつしか親しくなって‐‐‐‐‐多くの尊い命たちに別れを告げられ心揺らいだ時も、トラコは同じ場所で同じように迎えてくれて、その度毎に、弱い猫執事は再生されて来ました。

突然姿を見せなくなって心配していた未熟者の目の前に、早朝出社の朝、初めはトラコとは別の猫さんかと思うほどにやつれて痩せた姿でしたが、見つめる瞳にハッと気付かされて、遅刻しながら我が家へUターンして

二所ノ関親方がスーパー銭湯の帰りに倒れられた日に旅立ちました。(2017・10・19 渡虹橋)











命たちに寄り添うことは、それまでは、遠く実感をともなわなかった命の終わりに直面させられる機会も多く、寄り添う者を深い想いに至らせます。

悪妻は夫を哲学者に育てるとも言われますが、命に寄り添い生きることは、本当に悲喜交々、命の貴さ、当たり前のように見えていたものが有り難いものなのだと実感させられることの多い‐‐‐‐‐そんな大事な命のつながりになりました。






昨年末、クリスマス前後に、家猫の白の旬を探し続けて訪れて来た海辺の公園で、そこに暮らしていたTNRされた(キャリアの子が多いのです)猫さんたちの誰かが、命を断たれたという事件があったと知りました。

坐骨神経痛の痛みが増して、その場所には、手作りの鶏肉スープを給仕した12月4日が昨年最後の訪問でした。

どの子が犠牲になったのか、あの寒風吹き荒ぶ場所で健気に生きている命を断つ者の存在に、怒りと深い哀しみを禁じ得ませんでした。

ただただ、犠牲となった子の冥福を祈り続けて、今は苦しみも不安も寒さもない、穏やかで健やかな場所で、未熟者の愛する魂たちと共に過ごしていてくれることを願っています。





猫執事の勤めを果たしつつ通った東京湾岸地区に浮かぶ人工島の職場にも、幕張地区から転勤して来て、アッと言う間に10年の年月が流れました。


命を削りながら働き続けて、親より先に行ってしまうのではないかとの不安にかられた日々に、何よりの助けと励ましになってくれたのが、会社近くに生きる外猫さんたちでした。
(2012年の外暮らしの命たち)












知らず知らずのうちに、未熟者の心を奪われて
知らず知らずのうちに、宗旨ニャン別帳の末席に名を連ねて


道半ばの猫執事の身ながらも、アメブロさんの電脳空間の中での淡いお付き合いではありますが、末長くこの場所で日々心の再生を叶えられたらと願っています。


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日付も変わってしまいましたが、昨夜は新年初の猫執事のお勤めに、会社近くまで馳せ参じた未熟者

途中、日頃の行き帰りにお祈りしている地元の神社さまに(本来なら早朝にすべきかと思いつつ)昨年の御加護の御礼と感謝をお伝えして

そして、二所ノ関親方が少しずつ快方に向かわれていることにも感謝して、夜空のお月様を望みました。













これまで、幾度も給仕やサポートの仕方をめぐって対立したり、修復したり、それもお互いCats‐Firstな気持ちでは同じベクトルの方向性にある女史と、今年初めて会えて、久しぶりにいろいろ話せました。


これも猫神さまの御導きなのかなと、はるばる中山競馬場の先から、わざわざ市をまたいで訪れた女史に深い共感を抱いて帰って来た初給仕の夜となりました。




皆様の御健康と御多幸を御祈り申し上げます。
途中まで聞いた三代目桂三木助師匠の『芝浜』を枕に眠りに就きます。

今年もよろしくお願い申し上げます。m(__)m