皆様こんばんは。
明日は冬至で、そこから一陽来復、お日様の時間が再び広がって行くのですね。
クリスマスも近づいて来ましたが、お元気ですか。
「アブラハム」‐‐‐イサク‐‐‐ヤコブ‐‐‐ユダ‐‐‐ペレツ‐‐‐ヘツロン‐‐‐アラム‐‐‐アミナダブ‐‐‐ナフション‐‐‐サルモン‐‐‐「ボアズ」‐‐‐オベデ‐‐‐エッサイ‐‐‐「ダビデ」‐‐‐「ソロモン」‐‐‐レハブアム‐‐‐アビヤ‐‐‐アサ‐‐‐ヨシャファト‐‐‐ヨラム‐‐‐ウジヤ‐‐‐ヨタム‐‐‐アハズ‐‐‐ヒゼキヤ‐‐‐マナセ‐‐‐アモス‐‐‐ヨシヤ‐‐‐エコンヤ‐‐‐シャルティエル‐‐‐ゼルベバル‐‐‐アビウド‐‐‐エリアキム‐‐‐アゾル‐‐‐サドク‐‐‐アキム‐‐‐エリウド‐‐‐エレアザル‐‐‐マタン‐‐‐ヤコブ‐‐‐「ヨセフ」
これは、キリスト教徒にとっての、新約(=神との新たなる契約)聖書の、マタイによる福音書第1章に記されたイエス・キリストの系譜(父系図)です。
同じ新約聖書のルカによる福音書第3章にも、若干の齟齬はありますが父系図とされるものが記されています。
聖母マリアは、大天使ガブリエルにより救い主(メシア)の御子を処女懐胎すると告げられていますので
後に夫となるヨセフは、イエス・キリストとは、『生物学的な意味』での父子関係は無いことになります。(新約聖書でのヨセフに関する記述は多くはありませんが、処女懐胎するマリアを受け入れる等に、神への深い愛・妻マリアへの深い想いをひしひしと感じる未熟者です)
イエス・キリストが、生物学的な意味でも、キリスト教徒やユダヤ教徒やイスラム教徒にとっての父祖である「アブラハム」に連なると言えるためには
それは、皇室関係でも問題になりますが、聖母マリアの系図(母方の系図)がアブラハムに結びついている事を暗示させているのかも知れません。
また、マタイによる福音書とルカによる福音書の父系図が符合しないことをもって神学論争の樹海に入り込むのは未熟者の本意でもありません。
本当に『大事な事』は‐‐‐‐‐もっと身近な所にあると信じるからでもあります。『血は水より濃い』と言われますが、『愛(猫愛・犬愛・鳥愛‐‐‐‐‐花鳥風月を愛し寄り添う心)は、血よりも濃い』と感じられるのです。
聖フランチェスコの心にもつながる命たちとの共生ですね。https://youtu.be/6vp8cDBK5jY
最近、天からの早めのクリスマス・プレゼントなのだと、しみじみ感謝しているのですが
江戸川さえも、なかなか越える機会の無い猫執事に、いつかは訪れたいと願っていたモン・サン・ミッシェルなどの風景を感じられるブログを賜りました。
今回の記事に記されたバルビゾン派のミレーの有名な絵画『落穂広い‐‐‐夏』
この絵画は、ブログの主の旅猫さんが御指摘のように、かつては宗教色に彩られた絵画の世界を、農作業という日常生活に題材を取りつつ、宮廷等のおかかえ画家としてではなく、ほとばしる芸術の渇望とも言うべき流れの中で
(当時のバルビゾン派の時代の流れなのかも知れません‐‐‐‐‐翻って省みると、アベノミクスのトリクルダウンの恩恵をなかなか感じられない身としては、現代は、明日の仕事のために芸術の世界に安心して身を委ねる事が難しい時代でもあるのですがf(^_^; )
長々と記してしまいましたが、バルビゾン派は農作業という日常生活にモチーフを求めたのですが
ミレーの『落穂広い‐‐‐夏』には、御存知の方も多いかと思いますが、宗教的な意味もあります。
刈り取られた麦の落穂を拾っている3人の婦人たち
真ん中の赤をまとった女性は、ルツ
寿限無寿限無ではありませんが、アブラハムから連なるヨセフまでの長い永い系譜の中で、有名なダビデ王(ミケランジェロの彫刻など)の祖父である「オベデ」
そのオベテの父である「ボアズ」の妻こそが、落穂広いをしているルツです。
居住地ベツレヘムの飢饉から逃れてたどり着いた地で、ナオミの夫エリメレクは、息子たちに現地人(ユダヤ教徒イスラエルの民とは異なる異邦人)の妻を娶らせます。
この地で夫エリメレクや息子たちに先立たれたナオミは、夫の地であるベツレヘムに帰還しようとして、寡婦となった義理の娘たちに再婚してこの地に残るように諭しました。
異邦人ながらも、姑ナオミとナオミの信じる教えに帰依するようになったルツだけは、共にベツレヘムに帰って、そこで落穂広い(当時のユダヤの律法で認められたsafety‐netとも言える弱者の権利)等をしながら生活をしていて
そのルツの仕事ぶりに(美貌もあったかも知れません。広島の農家の生まれの綾瀬はるかさんの早乙女姿等を連想する未熟者 f(^_^; )
エリメレクかナオミとの縁戚関係にあるボアズが心惹かれて、ルツと再婚して、ダビデ王の祖父となるオベデを授かる事になります。
(つまり、ボアズの家系が遡及的に見ればアブラハムにつながるのですね)
クリスチャンは、だから、麦秋の季節である夏のバルビゾンのこの風景に、ルツを見つめるボアズの目を通して深い想いにつながるのだと思います。
本来、旧約聖書(ユダヤ教徒にとっての聖典は旧約だけ)の教えに預かるのはイスラエルの民・ユダヤ人のみでしたが
異邦人(モアブ人)であるルツをも認める事で、後の世界に広く教えを広げる契機にもなっていて
それが旧約聖書の中でも、未熟者が雅歌と共に愛する理由ともなっています。
ちなみに、山梨県立美術館所蔵の『落穂広い‐‐‐夏』は、本国フランスに里帰り中
その山梨県立美術館が、県立農事試験場跡地に建てられた事も、落穂広いと深い縁を感じる未熟者です。
それから、御存知の方も多いかと思いますが、クリスマスは、あくまでもイエス・キリストを救い主と信じるキリスト教徒(カトリックとプロテスタント)の祝祭であり
ユダヤ教徒にとっては、イエスはメシア(救い主)ではなく、預言者として位置付けられます。
故に、メリー・クリスマスではなく、ハッピー・ホリディーと呼ぶ習わしのようです。
クリスマス・ツリーのてっぺんのお星様は、ベツレヘムの星
ナザレから、ヨセフの故郷ベツレヘムに住民登録に里帰りして(150km程の距離、海抜400mのナザレから800m程のベツレヘムに身重のマリアを伴っての里帰り‐‐‐‐‐住民登録はローマ皇帝の徴税目的の台帳作成のためともいわれる)
他も皆が里帰りしていたので、宿が足りず(水戸の御老公一行にもよくあるシーンですね)
やむなく、ヨセフとマリアは馬小屋に身を寄せ、そこの飼い葉桶に御子を生んで
その場所に東方の三博士が、星に導かれて訪れ祝福を捧げたとされます。
年が明ければ、寄宿地・鎌ヶ谷スタジアムを後にして、新天地・ロサンゼルスに旅立つ大谷翔平選手
彼は、私たち日本の野球を通じての『天使』でもありましたが、Los Angeles〔大天使ミカエル・ラファエル・ガブリエルなど〕の地で、エンジェルスの一員として新たなる夢舞台に立つのだなぁと、しみじみ思います。
一度は、鎌ヶ谷スタジアムやビジターで訪れた千葉マリンスタジアムで、その勇姿を見たかった未熟者
それも、猫執事ゆえ叶わず、見る機会を逸してしまいましたが、悔いはありません。
猫さんたちに魅せられて、力及ばずながら寄り添えて、今さらながら、命たちとの共生の日々が、ルツが愛した教えと深く重なるように想える夜です。
寒さ厳しき折り、皆様もお元気で。
メリークリスマス❗❕
そして、良いお年をm(__)m