会社の同僚が、小学生の娘さんのことをよく話す。

  • 片づけをしない
  • のんき
  • 前の日に支度しろって言ってるのに、毎朝、学校へ行く前にばたばたする

などなど。

わたしは「『一人っ子あるある』だと思うけどなー」って答える。

 

一人っ子って、

お母さんの愛を取り合うライバルがいないからのんきだと思うし、

大事なものをそのへんに置いていてもとられることもないし、

兄弟に嫌味を言われることもない。

 

「お嬢さん、かわいいね」って微笑むと、

同僚は「怒るのに疲れた」と、大きなため息をつく。

 

そういう会話を、数年、繰り返してきた。

 

 

 

ところがあるときを境に、わたしの感じ方が変わった。

同僚が話すことって、

子どものころ、母に言われてたこととおんなじ!

 

 

それでわかったんだ。

それくらい大切に育ててくれたことが。

つい、いろいろ言っちゃうくらい、

母にとってわたしが大事な存在だったんだ。

 

 

 

同僚がお嬢さんのことで愚痴を言うごと、

わたしは自分のお母さんに

感謝が湧いてくるようになった。

 

 

↑これ、上級ワークショップへ行ってから。

 

 

 

心屋で「お母さん」は、誰もが通る道っぽい。

 

わたしは一回目の初級セミナーでパッカーンして

あんなにうざったかった母のことが

いとおしくてたまらない。

 

恨みつらみも、

いつか言いたいと温めてきた文句も、

どうでもよくなった。

 

お母さんは性格がかわいい人だったんだ。

お母さんは愉快な人だったんだ。

お母さんは一生懸命にわたしを育てるあまり、

怖い人になっていただけなんだ。

 

 

一回目の初級セミナー以降

「お母さんが生きてるだけで充分。

 できるだけ長生きしてほしい」

って、母に話している。本音だから。

 

わたしは「お母さんパッカーン」って

それで終わりだと思ってた。

 

 

 

 

だけど、上級WSへ行ったあと、

「お母さんはわたしを大切にしてくれたんだ」

「お母さんが小うるさくいろいろ言ってたのは、愛なんだ」

と、さらにパッカーンした。

 

 

 

 

それと、他人を怖いと思わなくなってきてる。

あんなに警戒心バリバリだったわたしが

身構えずに過ごしている。

 

「会社でタメ口とかあり得ないでしょ!」

「知り合って間もない人には敬語とか丁寧語でしょ」

と思ってたわたしが、

誰に対してもタメ口になってる!

 

自分と他人を過度に比べてしまって拗ねる機会が激減してる。

 

「できない自分」を、否定したり拒否したり

しなくなってきている。

 

 

わたしは「一人っ子っぽくない」「一人っ子にみえない」と言われてきた。

でも会社の先輩によると(お子さんがいて、一人っ子のお嬢さん)

「見るからに一人っ子(笑)」とのことで。

 

いつの間にか

「一人っ子に見えないと言われることが誉め言葉(母が喜ぶ)」

ではなくなったらしい。

 

 

 

前者ふーん属のわたしは、

一人で行くぢんさんのライブで、

バンジーする。

 

生まれて初めて、ライブでペンライトを振るの!

 

そのためにペンライトを買ってきたよ!