心療内科のドクターは、これまた丸っこい体型で

口調がのんびりとした人だった。

質問に答えていくと(内科の医者が聞いたこととほぼ同じ)

「会社休める?」

と言った。

「休めないです。きょうも無理やり休んだので」

「あなたはうつ病なの」

「えっ、えっ? うつ病?」

口ではそう答えながらも、内心『やっぱり』とも思っていた。

数ヶ月前、内科で警告されていたのだから。

 

「うつ病って死にたくなる病気なんじゃないの? 

 わたし『死にたい』とかぜんぜん思ってないですけど」

「それは重症の人」とドクターが少し笑った。

「なーんだ」

「あなたは中程度のうつ病。いま休めば重症にはならないと思うよ」

頭のなかに「休んだら仕事が」とか

「生活費を稼げなくなる」とか

「これで休めるんだ」とか

次々と浮かんだ。

「休もうよ」

「うーん」

わたしがなるはずがないうつ病。というショックも、少しあったと思う。

上司の顔も浮かんだ。昼も夜も仕事の話をしてきた上司。

部下は、サボることしか考えてなさそうな面々だ。

わたしが休んだらさぞかし困るだろう。

「診断書を書いてあげるから。そしたら休める?」

それは一筋の光のようだった。

「診断書があれば、たぶん。どのくらい休むんですか」

「半年は休んだほうがいいと思う」

「は、はんとし」

とても長く感じた。

「そんなに?」

「わかるけど、元気じゃないとなにもできないと思うなぁ」

「それで治りますか?」

「それはわからないけどね、悪化はしないと思うよ」

 

その場で腹をくくった。

ドクターは「おお、決断したんだ。すごいね」と言った。

「そうですか?」

「みんな渋るんだよ」

「そうでしょうね」

うつ病ですと言われて、はいそうですか休職しますと

すぐに気持ちを切り替えられる人は

うつ病にならないんじゃないかと思う。

「で、悪化させちゃう」

「あー……」

待合室にいたサラリーマンの姿が浮かんだ。

スーツを着て、カバンを持って、目がうつろで。

隣に奥さんらしき女性が心配そうにぴったりと寄り添っていた。

 

わたしは重症になるわけにはいかない

バリバリ稼がなければならないのだから。

 

 

 

 

休んでみてわかった。

日に日に疲れと睡魔が沸くようになり、

それに抗えなくなっていった。

だから半年で社会復帰できるなんて、

到底思えなくなったのだ。

 

ひたすら眠った。

子どもが心配そうに話しかけても、

父親が「飯を食え」と怒鳴っても

自分のために、ひたすらとにかく眠った。

ごくまれに、気が向いたら、

わたしがうつ病であることを忖度しない友だちと

遊びに出かけたりもした。

ヨレヨレでもなんでも、家族(特に父親)から非難されてもとにかく、

外へ出たいときは出るようにした。

あらゆる心配事---こども、人間関係、お金、収入、

今後の仕事、上司、部下、近隣の目、

学校、PTA、子ども会---のことは

考えてもどうにもできないかっら、わりきるようにした。

 

そうやって「自分の気分、五感、好きなもの」を取り戻し

「自分がまず元気であること」を優先させ

タブーと信じてきたことをやったのだ。

 

結局、半年では済まず、1年半以上休んだ。

その間に会社を退職することになった。

 

 

 

いまのわたしを見て、かつてうつ病だったなんて

だーれも信じない。

 

生き方を変えたからかなぁ。