最近,気になってきた日本語の限界の第7段。今回は,education, discipline, instruction
日本語には,education, discipline, instructionの違いが曖昧です。意図的に混乱させているのは,日教組なのかもしれませんが。education, discipline, instructionの定義は以下のとおり。
education
:to develop the faculties and powers of (a person)by teaching,
discipline
:training that makes people more willing to obey or more able to control themselves, often in the form of rules, and punishments
instruction
:the act of teaching someone how to do something:
私は,日本で教育と称されているもの,特に,左派イデオロギに毒されている日教組に支配されているのは,educationではなく,discipline,よくて,instructionにしか過ぎないと判断せざるを得ない。私の苦い経験を紹介。教員が
「日本は,なせ,原爆をおとされたのですか?」
という問いに対して,当時ガキ(小5)だった私は,空気を読むことや忖度ということを知らなかったので,
「当時の日本には,高度10000メートルに対応可能な高高度戦闘機がなかったためです」
と答えた。その後,すさまじい叱責を受けた。中には,
「そのような答えをするほうがバカだ」
というものさえいました。模範解答は,
「日本は,侵略を行った悪い国だったから」
このような画一的回答を要求するのは,discipline以外のなにものでもない。
日本は,よく同調圧力が極端に強い社会と言われています。KY(空気を読めないヤツ)が蔑称となることがこのことを象徴しています。これが,教育の分野に影響すると,画一的な回答を強要し,異なった視点による意見を徹底的に排除しようとします。極端な言い方をすると,日本の教育は,教員の意向を忖度するためのinstructionを,disciplineすることということになります。
これにくわえ,左翼の傲慢な前衛主義が絡むと,手に負えません。前衛主義とは,”頭脳の部分が我々だ!。蒙昧無知な一般大衆はつべこべ言わずに従え!”というイデオロギです。元岡田外相の”国民感情をしっかりコントロールしていかないと”という発言は,まさに,この前衛主義を象徴しています。この前衛主義こそが,左翼の本性。
今日,留意すべきことは,nativeでない居住者(特に特亜)や左翼が,多文化共生などの美辞麗句を大義名分に,日教組の教員のように,自分たちに都合がいい回答を押し付けてくることです。十分に心しなければなりません。