一つ前の記事にちょっと書いたけど
4月19日に、おばあちゃん(夫の母)が亡くなりました。
92歳でした。
![]()
その日は、お天気も良くて気持ちの良い春の日でした。
私は、いつもより かなり早く、5時頃に目覚めていました。
息子が起きてくるまで、まだまだ時間があるし、
のんびり紅茶でも飲んでスウィーツ食べようかな~と思ってたら
早朝の静寂の中、突然スマホの着信音が。
・・・あらぬ時間の着信は悪い予感しかしない。
着信画面を見ると、おばあちゃんが入院してる病院から!
スマホに出る前から内容は分かっていたように思います。
おばあちゃんが危ないんだ・・・・・・・
おばあちゃんは二年ほど前から、心不全で入退院を繰り返していました。
一年前には担当医から、年齢的にいつ急変してもおかしくないから
いつでも連絡が取れるように・・・と言われていました。
もう息が止まりそうなので、一刻も早くおいで下さい・・・とのこと。
私は息子を起こしてバタバタと身支度しながら
タクシーの手配をしたら・・・・・
なんとっ!
TELしても出ない!💦
息子がタクシーアプリ使ってもダメ!
夫のとき(夜の11時半過ぎ)は、すぐ手配出来たのにっ!
タクシーって夜はOKだけど、早朝は やってないのか?
ダメじゃん![]()
こんなときに使えなくてどうする!タクシー!
・・・・・なんて、ぶつくさ言ってる暇ないっ!
公共交通機関で行くしかないじゃん!
さて、一番早いルートはどれだろ?とか考えてたら、
再び病院から電話が。
息が止まったから、ゆっくりいらしていいです・・・・・・
ここまで、最初の電話から20分間くらいの出来事でした。
![]()
かくして急ぐ必要はなくなったのですが、
私と息子は その勢いのまま、公共交通機関を使って病院に行きました。
別所に住んでる娘は別行動で病院で合流予定。
車窓から見える景色は春爛漫。
胸の中で西行の和歌が幾度となく流れました。
願はくは花の下にて春死なむ・・・・・・・・
チャコが逝ったのも、この季節だったなぁ・・・・
庭のつつじが満開の頃だった。
おばあちゃんの死は 苦しむことなく やすらかだったそうです。
大往生と言えるって。
でも、私としては、もう少し生きてて欲しかったなぁ。
願わくば1年、
出来れば今年いっぱい、
せめて夏まで。
夫がいなくなった生活が落ち着くまで、せめて。
二月に夫(おばあちゃんの息子)が亡くなったとき、
おばあちゃんには言わないでおこうと、家族で決めていました。
おばあちゃんは、息子を一人、早くに亡くしています。
まだ17歳の高校生の頃に交通事故で。
一人残った夫まで先に逝っちゃったなんて、言えないっ💦
おばあちゃんは、もう目が見えないし、ボケも進んでるから
なんとか隠し続けることが出来るだろう・・・・・
でも、そのうち隠すのが苦しくなるかもしれないな~なんて
思ってたのだけど。
そんな悩みが起きないうちに逝っちゃった。
もうちょっと、悩ませて欲しかったです。
お義母さん。
![]()
こうして お義母さんは、
自分の息子が先に死んじゃったのを知らないままに逝きました。
「おばあちゃん、あっちで お父さんに会って
『アンタなんでここにいるの』ってビックリしてるよ( ´∀` )」
・・・・・と、これは娘の弁。
そだね。
きっと、そだね。
![]()
二月に、私にとっては「夫の急死」
子供たちにとっては「父親の急死」という
メガトン級の喪失を経験したからか、
おばあちゃんの死は穏やかに受けとれました。
悲しいには違いないんだけど、なんと言えばいいんだろう?
押しつぶされるような苦しさはなくて
晴れ晴れとした悲しさみたいな?????
なんかヘンかな?
ほら、「年寄りの葬式は祭り」とか言うじゃないですか。
ここまで生きて、
生き切って、おめでとうございます。
お疲れ様でした。
そんな感じ。
残された者の悲しみが、重く苦しいものにならないように
「やっぱ、90過ぎまで生きんとアカンね~」と呟いたら
「そうよ!」と、娘が きっぱりと強い口調で返してきました。
まるで私の言葉を、そのまま私に 返すように。

