こんにちは、結喜です。
 
 
怪しげなタイトルですが
私は、何か見えたり
予知できるような
能力はありません。
 
 
ただ、小学校の頃から
 
人は死んだらどうなるのか?
 
あの世と言われる世界は
存在するのか?
 
あったらどんな感じなのか?
 
ということをいつも考えていて
 
 
霊視出来る人が書いた本や
亡くなった人と話をする僧侶の本
今でいう、スピリチュアル関連の本
なんかを買ってもらい
 
 
へ〜と思いながら
読んだ記憶があります。
 
 
 
たぶんずっと

そういった
 
 
精神世界
魂のこと
心の動き
 
 
みたいなものに
興味があって
自然と惹かれていた
のだと思います。
 
 
 
幼少期に始めた
習い事のひとつに
『なぎなた』があって
 
 
約15年間
続けていましたが
 
 
やりたいと思った理由は
あまり覚えていなくて
 
 
母親によると
 
保育園の帰り道
途中にある体育館で
練習しているのを見て
 
 
私もあれをやりたい!と
いつも言ってたらしい。
(かっこよく見えたのかな?)
 
 
なんであれだけは辞めずに
続けられたのかな?と
考えて、思い当たるのは
 
 
相手が動く瞬間の
「気」を感じる
「間合い」を取る
「呼吸」を合わせるなど
 
 
感覚的なことを教わったり
分かったりするのが
楽しかったから
だと思います。
 

そして小さいうちは
訳も分からずやっていた
 
 
稽古の始まりと終わりにある
黙想】の時間が好きでした。
 
 
皆が目を閉じて
ほんの数十秒シーンとなる時間。


外の音だけが聞こえる
自分の呼吸に集中する
 
 
やめ!と言われて目を開けると
どこかから戻って来たような感覚で

「終わっちゃった」
という気持ちになる。



何でもそうだけど
ずっと続けていると
楽しいことだけじゃなく


大変なことも嫌なことも
たくさんあって


基本裸足で練習するから
冬はしもやけになるし
(足の指が腫れて学校の上履きが履けない)


いつも足がアザだらけで
スカートを履くのを諦めたり


休みの日は遠征、大会、合宿で
予定が埋まり友達と遊べない。


私はただ長い棒を振り回して
戦いたい訳じゃない!
 

試合で勝つために
やってるんじゃない!


なぎなたを教える人に
なりたい訳じゃないし!


と、反発もしてましたが


両親は、続けても辞めても
どっちでもいいという
スタンスで
見守ってくれていました。


それでも辞めなかったのは
仲間がいて、励まし合って
コツを教わったり


出来ないところを修正しながら
みんなで進んでいるのが
楽しかったし


学校以外の友達ができて
他県の人達と知り合いになれて
色んな話が出来たことも
楽しかったからで


今、受講中のビジネス講座と
通ずるものがあるなーと
思いました気づき



結局、看護師になりたいと
進路が決まった時に
なぎなたは辞めましたが


その職業を選んだのも


当時は、手に職をつければ
ずっと続けていけるし
生活に困らないからと言われ


私もそう思っていた
けれど(笑)



本当のところは
人の気持ちの変化とか
外側から見えない何かを知りたいと
思ったからかもしれません。



数年前に
ノートに自分の感じた事を書く
ということに興味を持ち


気がつくと
発信や本などは
マインドの事ばかり
追いかけて来ましたが


振り返ってみると
やっぱり自分が選んできた事は
全部繋がっているんだな
と思っています。


 
 

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