2019年は、
実家がなくなるかもしれない
あはは
ま、無くなったら無くなっただなー
寂しいけども。
それを両親が望んだなら
息子は何も言いません、、、
(寂しくて悲しいとは言うかw)
訳あって今は
父親は別に住んでるんだけど
(すぐ近くにw)
もう戻ってもいい時期なのに
母親と一緒に住むことに対して
何か抵抗している。
母親は
父親が戻らないなら
家売ってアパート暮らしするらしい。
父親は
一緒には住みたくないけど
たまにあって出かけたり
たまに家族で出かけるくらいの
今の距離感がいいらしい。
なんでイヤか父親に聞くと
自分たちが小さかったときの
過去のしんどかった思い出話を
よく繰り返して言ってる。
特にしんどかったのは
おいらが体調を崩したときらしく。
仕事でクタクタで夜遅くに帰宅
↓
おいらが体調悪い
↓
母親は昼間に面倒みた
↓
夜の面倒を父親に頼む
↓
母親寝る
↓
父親寝ずにおいらを看病
↓
一睡もせずに仕事に行く
「私は昼間に面倒見てたから、夜あなたが面倒見るのは当たり前でしょ?」
的な感じだったらしく
(父親はそう捉えたみたい)
相当それがしんどかったみたいで、、、
何十年と経った今でも
その話をよくする。
他にも色々とあるだろうけどねー
母親は母親で
わかってもらいたかったことも
いくつもあるだろうし
父親は父親で
わかってもらいたかったことが
いくつもあるだろうし
それは理解できるんだよね。
ただ、
お互いにそれを声に出さないで
心に閉まっておいて
母親の中の当たり前と
父親の中での当たり前を
私が「正しい」って
無言に主張していたら
それってお互いに
ただただイヤなやつに
見えちゃうと思うんだよね。
(実際に見えてる部分もあるしw)
自分のことを
分かって欲しいだけなのに
お互いの中にある
「当たり前」
が、ものすごく邪魔をしてくる。
旦那が働くのは当たり前
主婦が家事をするのが当たり前
母親が子どもの世話をするのが当たり前
父親に従うのが当たり前
言いたいこともガマンするのが当たり前
主婦に自由な時間がないのが当たり前
仕事を深夜までするのが当たり前
体調悪くても出勤するのが当たり前
昼間世話したから夜あなたが世話するのは当たり前
ひとりひとりが
持っている当たり前って
当たり前ではないんだよね。
私の当たり前であって
あなたの当たり前とは限らない。
反対に、
あなたの当たり前が
私の当たり前とも限らない。
当たり前って、当たり前じゃないんよ。
メジャーリーガーのイチロー選手は
試合に出れないのに毎日ベンチ裏で
イチロー専用の器具で
体を動かしてるんだよね。
試合に出れないのが分かってるのに
イチローは体を動かし続ける。
他の選手からしたら
試合に出れないイチローが
常に試合に出れる状態を
準備していることは
きっと理解できない。
でも、
イチローからしたら
当たり前のことをしてるだけ。
それはイチローの当たり前であって
他の選手の当たり前ではないから。
同じ野球選手でも
立場や状況が違うこともあるけど
人によって当たり前は全然違う。
当たり前は、あるようでない。
ひとそれぞれに
「当たり前って違うのか」
そこに気づくことで
色々なものや出来事に感謝できると思う。
お互いの常識をぶつけ合って
どうにかして納得させよう
分からせよう
丸め込もうとか
そんなことしているうちは
いつまで経っても居心地悪いままだろうねー
別に受け入れるとか
そういうことを
無理にしなくていいから
「このひとは、こう言う常識を持っているんだなー」
「こんなことを分かって欲しいんだなー」
「私は、こんなこと分かって欲しかったんだー」
って、それでいいじゃないの![]()
あ、間違えた。
それでいいじゃまいか![]()
(いや、別に間違ってないw)
気づくことが、一番大事だべさ。
あーあ、
実家どうなるのかにゃー
にゃはは
おわり。
