10 弥勒菩薩 一許し一
生きてあれば救われて
生きてあればこそ、導かれ
四苦も八苦も迷妄も
我が身を呈して守りぬかん
ただ「在る」ことを歓びに
いのちよ 歌え
頑張りましたね。
今は、自分自身のためだけに
生きて良いのですよ。
弥勒菩薩は、
柔和なお顔であなたに手を差し伸べています。
何を悩んでいる。
何を悩むことがある。
欲があっても、愚かでも、迷っても、惑っても
なにほどのものかと微笑みかけています。
じっと、見つめていると
胸の奥から熱いものが溢れてきませんか?
それは
あなたが愛を受け取った証です。
辛かったのですね。
苦しかったのですね。
それでも
本当によく頑張りましたね。
たくさんの涙が
全てを洗い流しました。
今はもう、
自分自身のためだけに生きて良い時です。
あなたに幸あれ。
ただ「在る」。自分の為に「在る」。そんな時間を満喫しましょう。常に誰かの為に生きていると、何がそうなのか解らなくなりますが、全てを解いてただ「在る」。その幸せを実感します。
8月23日のメッセージはこちら↓↓
弥勒菩薩さまのお顔、なんて優しげな表情なのでしょう。皆んなが安らぐと良いですね。顔を洗って、嫌なものはさっぱり洗い流して、こんなふうに優しく穏やかに微笑んでいましょう。
7月8日のメッセージはこちら↓↓
自分自身の為だけに生きるってどういうことでしょうか?常に誰かに氣に入られるようにだけ意識して生きてくると、本当は一体自分が何を望んでいて、どうしたいと思っているのかが解らなくなります。注目されたい、賞賛されたい、人の上に立ちたい、人を思い通りに動かしたい。全て「誰か」がいなければ成り立たないことは、本当の本当の意味で自分が望んでいる事なのでしょうか?権力、財力、地位、名声。それがあっても無くても、生まれて死んでいく事は皆同じだし、ある人達が全て心満たされているかと言えば、そうでもないかもしれません。1人で空を見上げている時、風の匂いに季節を感じている時、朝露の美しさに息をのんでいる時。誰にも平等にある「美しさ」に感動出来る心の豊かさこそが、真の幸せと氣付けると「自分の為に生きる」という意味が少し解って来るような氣がします。
6月18日のメッセージはこちら↓↓
頑張りましたね。解って貰いたかった。認めて貰いたかった。受け止めて欲しかったのですね。でも、そのことに自分が気付けていなかった。だから、素直にそれが出せず、益々に伝わらず拗れていくから、諦めて壁を作る。本当は全然違うのに。意地を張れば張るほど、何でもないふりをすればするほど、どんどん望まない方向に向かってしまう。そんな自分を自分で受け止めて誰よりも愛して、心の中に1人だけの静かな安らぎスペースを作りましょう。キラキラドームに護られて、お気に入りの器で寛ぎのカフェタイムを自分のために提供しましょう。求めず望まず、けれども与えらればにっこり笑顔で素直に受けてドームの外側はどんなにカオスになっていようと、心は満たされています。
6月1日のメッセージはこちら↓↓
今は自分の為だけに。まずは自分が自分を1番大切に出来て,満たされて、溢れるから人にも優しく出来る。それはとても自然です。見返りを求める事もなく、にこやかで穏やかです。誰かの為に尽くすのは、かえってくることを期待するからですか?それを続ける限り、本当の絆や、安らぎは訪れる事はないように思います。先ずは誰よりも自分を満たして人様から「認められる」ことよりも、自分自身のありのままの高さを大切にしたいなと思います。
5月11日のメッセージはこちら↓↓
頑張りました。たくさんたくさん頑張って来ました。知らず知らずのうちに、自分でも氣付いていないけど、できうる限りに一生懸命に。それでも足りないとなにか落ち着かず、自分を責めてはいないかしら。もう充分だから、今の自分を自分自身が認めて誉めて労わって優しくしてあげましょう。力が抜けて、ふっと緩めば、笑顔が戻り身体も楽になります。自分の為に安らぐことがひいては周りの為なのかもしれません。
4月19日のメッセージはこちら↓↓
なんて優しく柔和なお顔なのでしょうか。何も仰らずとも、菩薩さまの前にいるだけで、心が洗われ、光に包まれて、憑き物が落ちたかのように心が晴れてくる。優しく柔らかな蓮の花の色、ほのかに香りまで漂ってくるようで和みます。ただ在るとは、こういうことを言うのでしょうか。いるだけで光を届けられるような、きっと一人一人だれもが心の中にそんな自分自神がいらっしゃるのですね。
1月17日のメッセージはこちら↓↓
自分自身のためだけに生きて良い時。まさにこの通りです。シャンパンタワーのように、一人一人が誰よりも自分を満たせていて、それが溢れてその先の人に溢れていくなら、不満も我慢も理不尽も無くなりますね。疲れたら休む。無理なら断る。そうやって「1人時間」を大切にして
自分で自分をもてなす「静かで丁寧なおひとり様タイム」にワクワク出来るようになれば、それが、一人一人皆んな出来るようになれば、この世界はとても優しくまぁるくなると思います。人の宿題は変わってあげられない。出来ると信じて見守るのが、本当の愛で優しさですね。
11月27日のメッセージはこちら↓↓
一昨日も引きました。
もう充分に頑張って来たから「許しましょう」と。誰よりも自分が自分を認めよう。人さまの素晴らしいところを素直に認められないのは、それをすると自分には足りないことを突きつけられてしまう様な氣がするから。違う人なのだから、比べること自体が意味のないことなので、出来ない自分も足りない自分もそれが私で愛おしい。どうして出来ないのと言われても、それは出来なくても、他に出来ることがあるなら、それを伸ばせばいい。皆んな凸凹。だから、支え合い、助け合える。誰よりも私が私を大好きでいよう。
11月25日のメッセージはこちら↓↓
自分を許せる人は、人のことも許せます。自分にたくさんの制約をかけている人は、人のことも許せません。人に対して自分が優しくないなぁとおもう時は、自分に優しく出来ているか、問うて見ると良いのかもしれません。ダメな自分も、だらしない自分も、ズルい自分も,弱い自分も、全て「それも自分」と認められると、人にも完璧を求めてジャッジしないで済むのかもしれません。いいじゃないの。にんげんだもの。影を嫌っても、光と影はワンセット。両方とも認めてどっちも愛する。そんな風になれたらいいなと思います。
前回5月26日のメッセージはこちら↓↓
あなたに幸あれ。弥勒菩薩さまにそうおっしゃって頂けたら、心がゆるゆると解けます。頑張るって、「頑なに張る」と書きます。あまり好きな言葉ではなくて、ならば「顔晴る」の当て字の方がふっと楽になる。年を重ねると、だんだん拘り過ぎることも緩んできて、それが「いい加減」ではなく「良い加減」に柔らかくなれれば、人にも自分にも優しくなれて、楽しめるのかなと思います。もういいよ。楽しもう。
