分かってるのに、
わかってない人扱いされたとき、
心がズキッと痛む。





「私、そんなに浅くないのに」

「ちゃんと考えてやってたのに」
 
「わざわざ言わなくても良いじゃない」


そんな気持ちがわいてくる時
あったりしませんか

 
 
 
 

こんにちは
BSファシリテーター
自分責めの怒りを、自分を好きになる力へ。
自分を丁寧に扱う生き方のプロ。
笑顔クリエイター むらたみゆきです
むらたみゆきのプロフィール

 

お正月に大切な人から頂いた大切な思いのこもった🍓

びっくりするほど甘くて

ビックリするほど食べ応えがあって美味しいのです

 

 

 

 

 

 

 

人って誰かを大切に思っているほど、
つい心配という形で

向き合ってしまうことがあります。







家族の体調だったり、
パートナーの行動だったり、
自分ではどうにもできないことだったり。




外側にある出来事が
そのまま心のザワザワと

結びついてしまうんですよね。




でもね…
実はそのザワっとの根っこには
「相手の問題」じゃなく

自分の怖さが動いていることが
少なくないんです。











心配しすぎるときほど、

 相手の状態に

 全部意味を持たせてしまう





誰かが元気なさそうに見えると
 

 

「あのまま悪くなったらどうしよう」
「もっと動いてほしい」
「なんでやってくれないの?」


そんなふうに、

つい相手の動きが

気になってしまうことがあります。





けど、少し立ち止まると

気づくことがあるんです。





それって本当に、
相手の問題なんでしょうか?










本当のところは「私が怖い」「私が不安」





心配が止まらないときって、

 

 

私がどうにかしなきゃ
私がしっかりしないと
私が支えないと
私が見てないと崩れてしまう



そんな自分へのプレッシャー
ぐっと強くなっているときでもあって。





心配の形を借りて
自分の不安を

ごまかそうとしていることもあるんです。








 

 

 



外側ばかり見ている時って
 自分の気持ちを感じないでいられる






不安って、真正面から触れるとしんどいもの。






だから人は、
自分の気持ちを感じるより

外側の問題にフォーカスしたほうが
楽に感じるときがあります。





相手がこうだから私は不安
周りがこうだから私はしんどい
状況がこうだから私は落ち着かない




そう理由づけした方が、
自分の本音に触れなくて済むから。





でも、それって
心がずっと

本音の前で足踏みしたまま
という状態でもあるんですよね。









大事なのは

 「相手をどうするか」より

 「私はどう感じてる?」の方




心配でいっぱいになったときほど
問いかけたいのは、
昨日のブログでも書きましたが




「私は何が怖かった?」
「私は本当はどうしたかった?」


ということ。

 

 

 


相手がどう、

現実がどう、

 

 

より
 

 

 

 

自分の内側を見たほうが
心がふっと緩みます。











そこには
置き去りになってた

私自身の願い

隠れているから。

 

 

 

 

 

 



心配は「愛」でもあるし

 「自分へのSOS」でもある





家族のことを大事に思う人ほど、
心配は強く出ます。




でも心配しすぎると、
誰かのために

動いているようでいて、
実は自分の不安に

振り回されてしまうことも






だからこそ
心配している私に

すぐOKを出すのではなく、



「その不安の奥で、

 私はどうなりたかった?」



と自分の心を

そっと見てあげてほしいんです。










心配の裏には、
相手へ向けた優しさもあるし、
自分を守りたい気持ちもあります。




それはどっちもあっていい。






ただ、
自分の気持ちを

置き去りにしたまま
 

 

 

 

 

心配しつづける役割を
自分に課しないでほしい






あなたが安心できたとき、
ようやく相手の姿も

違って見え始めるから。





どうかまずは、
あなたが安心できる場所
自分の中に作ってあげて

欲しいと思います

 

 

 

 

 

 

 

自分責めの怒りを、
自分を好きになる力へ。

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最後まで読んでくださり、

ありがとうございました照れ