移住候補地のことは詳しく知らないと、ということで入ります。ちなみに昨年も入りました。以降の写真は借り物です。
1階には、明治の大水害に関する展示、十津川村の暮らしについての展示があります。
明治の大水害の翌年に合併するまでは、南十津川村など6つの村に分かれていたのですね。
人口も、今よりはるかに多かったみたいですね。ただ、世帯数は、人口ほど減ってはいないので、一人暮らしの人が増え続けているのでしょうね。
明治の大水害の時は二千人以上が北海道へ移住して、新十津川町を開拓したとのことですが、極寒の地への移住と開拓は凄まじい苦労をされたことだと思いました。今の新十津川町は、札幌にも比較的近く、暮らしやすいところなのかなあとも思いましたが、ここまでは大変な道のりだったと思います。
今も、道の駅などで新十津川町のお土産が買えますし、『トウキビチョコ』はオススメです。
あと、昴の郷のレストランのうどんの麺の小麦粉が新十津川町産の小麦粉なのも嬉しいです。
十津川村の昔の暮らし。人形でリアルに再現されています。草履を編んでいたり、いろいろな民具がありますが、何でも手作りしていたのでしょうね。
そして、地形的におそらく、田んぼはかなり少なかったのかなあと思います。斜面を耕作してなんとか蕎麦とかひえや粟など、それほど肥料の要らない作物を育てたり、たんぱく質は狩猟して鹿などでしょうか?
現代人の私たちが思い描く想像以上に、山での暮らしは、過酷な暮らしだったかもしれないです。
今でこそ、道は良くなりましたが、徒歩の時代は町へ出るのも数日がかりだったと思います。
もっちー『もし、うまく住むところと畑が借りられたとしても、イノシシやら来るやろうし、対策せなあかんなあ。猟師になってくれへんか?』
長女『うーん、罠の方がいいなあ。でも、捌けるかなあ?できるかなあ?それと、買い物は通販、運んでくれるやんなあ?』
もっちー『マンガの罠ガールを見てたら、捌くのは専門のところに運んでいたから、素人は捌いたらアカンのかもしれへんなあ。また調べとくわ。どうやって?通販は大丈夫!送料も普通やで。いい時代や。』
長女『空気いいし、山があるし、温泉があるし、アマゾンもある!』
二階には、幕末の十津川郷士の居合いの達人中井庄五郎の刀などが展示されています。
坂本龍馬を殺害した犯人が十津川郷士を名乗ったことで、龍馬と親しかった中井庄五郎は、必死で犯人探しをし、沈没した船の賠償金のことで陸奥宗光が犯人だと思い、襲撃したが討ち死に。十津川郷士は、強くて実直なイメージです。強くて実直な十津川郷士が御所の警備をしていたから、天皇も安心していたというエピソードも読んだことがあります。
この山深い土地では、人と人は協力しあい、支え合って生きてきたのだと思います。そういう生き方が、強くて実直な十津川郷士を育んだと思います。
私たちも、職業や住宅を含めていろいろな課題をクリアして、十津川村に移住した時には、この土地に馴染めるように、様々な活動に参加して地域の皆さんとの交流を大切にしていきたいと思いました。




