朝ドラ「エール」を見て、最近は泣きっぱなし。

戦争で家族と別れ旅立っていった人

生きたかった、生きていてほしかった、

会いたい

胸を引き裂かれる痛烈な悲しみを

あの当時は本当にたくさんの人が味わった

なんてことなんだろう

語り合うことを放棄して

戦争という安易な道に逃げた人間の愚かさ

二度と繰り返すまじと思う。

 

私にとってのお別れは

わりと若い頃から身近だった

 

祖母は自ら

両親は離婚後

二人とも病で

友人は事故で

上司は事件で

 

個性豊かな姉兄たちにまみれて育ったことも

結婚して色々あったことも

今となっては良かったかなと思う。

 

誰かのお話を聴かせてもらう上で

そう感じることが増えた

 

もちろん、同じ人間ではないので

本当に理解するには至らないけど

 

今日もお話を聴いていて

その方の価値観がグッと変わり

笑顔になった瞬間があった

 

それは、とりもなおさず

姉兄たちの個性的なパーソナリティのおかげ。

 

姉兄は人の目を気にせず

見事にあっけらかんとやるタイプ。

えーーそんなことやる?

と思うことを、さっくりやってしまう。

 

そして同時に明るさと面白さもある。

陰陽そろって、魅力になるんだなと思う。

 

普通でない人たちにまみれてきたり

ありえないことであってほしいことを

幾度も経験したことで

自分の中の

こうあるべき

という枠が

そんなに強固じゃないのかもしれない

 

年齢を重ねるっていいね。

 

そんなひとつひとつの一瞬一瞬の積み重ねが

確実に生きてくるもんね。

 

おじいちゃん、おばあちゃんが尊敬されるのは

沢山の経験があるからなんだろう

 

 

少し前からすると

何か憑き物がとれていくように

見方が変わったと

楽になったと

 

私が関わったおかげで、

人生好転したとお礼を言ってもらえた。

 

私の力じゃない

ただ、その人がその人のありのままでいられるように

話を聴いただけで

変わりたい、変わろうと決めて、

行動したのは

私じゃなくて、他の誰でもないその人だから

 

語り合う

聴き合う

身近な人の話を心にとめながらじっくり聴く

 

それは、

すれ違いによるわだかまりを溶かしていく

唯一の方法だと思う。

 

聴いて、見守り、心からエールを送る

 

人と人とが出会うことで

化学反応がおき

目には見えない力が働く

 

人は社会的な動物

出会って

ふれあうことは

欠かせない

 

 

 

他の人が近寄ると水辺に飛び降りるのに

この後、全員、近くにやってきた。

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