先日、過去の歴史上で起こった感染症についての番組を見た。

今回の新型コロナウィルスを、歴史から客観的にみていくのだけど

番組は2回シリーズで、その1回目。

 

緒方洪庵先生に始まり、その後「衛生」という概念が作られていくのだけど、

日清戦争が起こり、感染症を持ち帰る可能性の高い兵士たちの検疫、消毒する建物を、わずか1か月そこらの突貫工事で作るという勢い。

今の日本だったら、そのパワーはあるんだろうかと正直思った。

 

戦死者よりもはるかに多いとされる感染症による死者。

一般市民には知識が無く、西洋医学に対しても何かの魔術のようにとらえたり、

感染者が出ると、家に張り紙が貼られたりなど、自治衛生がなかなか浸透しない時代。

特に、張り紙については非難が集中。

現在の自粛しない店舗名の公表がそれにあたるという。

 

出演者のイタリア在住、

テルマエ・ロマエの著者ヤマザキマリさんは、海外から見た日本について、こう語った。

 

「日本は『他人の目』『世間体』が一つの戒律になっている特殊な国」

 

おおー

神や仏よりも、他人の目というものが、自分自身の考え方や行動を決める

ってことか。

そんな国なのか、日本って。

 

大多数の常識もだけど、目の前にいる他人から嫌われないようにしようと思うと、

他人は相当数いるわけだし・・・

嫌われないようにしているつもりが逆効果の場合もあるし・・・

身が持たんわな・・

 

もし嫌われたのなら、ちゃんと離れてくれるだろうし、

必要あれば他人が自分にちゃんと言ってくれるだろうし、

それまでは、そう自罰し過ぎる必要もないのかな。

 

自罰って、本当に怖い。

自分を許せないわけだから、自分を嫌いで、自分を締めあげるのと同じ。

自罰が苦しくてあの世にいく人もいるし、

それが他罰に発展する場合もある。

だから、適当に自分を許す技術は必要だ。

 

自分の一番の理解者も、一番の友達も自分。

いやなものはいやだ。

と認める勇気。

そして、なぜいやなのかを自分の本音を見つめて

表現できるのかどうか。

そうしていくうちに、離別感も育つのかな。

 

ゆらゆらゆれるのは、自分がないってことではなく、

根っこが存在してるからだ。

 

水面で漂ってる~✨と楽しめたら

心のプロフェッショナルと言えるのかもしれない。

 

ゆらゆらしながら

根っこを大切にして過ごせますように。