久しぶりのblog更新です。
タイトルが殿風。
昨夜、嵐のメンバーが全員バカ殿のメイクをしていた過去の映像を見たせいなのか。。
京都散策もお預けの今日この頃。
1年前は引っ越してきたばかり。
桜をゆっくり見れなかったのが心残りで来年こそは~💖
と楽しみにしていた矢先のコロちゃん。
観たいなぁ見たいなぁ~🌸と思っていたら、目に入ってくるではないですか。
名勝ではなくても、近所に綺麗な桜スポットは結構あるもんだ![]()
京都では年明けくらいから、外国人観光客が激減していました。
外国との緊張関係で。
道が歩きやすくなった。
人が多くて観光なんて絶対しないという地元の人も、今がチャンスとばかりに出かける人もいた。
そうしているうちに、コロちゃんがどんどん仲間を増やして世界的な大ファミリーへ成長中。
今や知らない人がいないほどの超有名グループ。
人と接さなければ起こり得なかった動物のウィルスが、環境破壊などによって人が近づいたために、人無しでは生きられないほど大好きになり、人と人が仲良くして一緒にいると、自分も自分もと一緒にいて、どんどん仲間を増やしていった。
おかげさまで、非常事態宣言が出てからは、毎日、京都マラソンの交通規制ですか?というくらい、車も激減。
時々、出会う観光客が超絶目立つほど閑散としています。
でも、ちょっとホッとしている自分もいる。
空がよく見えるような気がして。
桜も他の植物も、排気ガスなんかで苦しんでいたかも。
何にも言わないけど。
自分は大丈夫
症状は出てないから大丈夫
もしかかっても治るから少し我慢すればあとは平気
という人も最初は沢山いたのでしょう。
私も最初はそう深刻に考えてなかった。
非常事態宣言が出るほんの少し前、すごく勉強になる出来事がありました。
簡単に言うと、三密で行動した人が、すぐそばにいたのでした。
まだかかっているかどうかも分からない時に、それを打ち明けられた。
申し訳なさそうにではなく、何日経ってるけど症状出てないし、でもうつってるかも~のような軽いノリで。
若い人
学生さん
不真面目な人
どれも違ってたから驚いた。
はずみだったり、やむを得ない状況があってのことかもしれない。
ただ、私だったら、どんな理由でも今はそれはしないかな。
基礎疾患もあるし、命の保証はないし、家族が悲しむから。
もし、自分の子供がそういうことをしたら、正座させて叱責からの、同伴して相手に土下座の謝罪案件。
というか、もしそんな行動をしてしまったとしたら、私なら人に言わないだろうな。
どうして言ったんだろう。不思議。
色々考えても、相手の頭の中を疑うことしか出てこないし、何よりも自分の命を脅かすことでもあったので、やはり伝えることにしました。
京都に来てから2度目。
今回も立場ある目上の方へのIメッセージ。
折しも、メンタルのzoom講座でそこんところをリピートして学んだばかり。
コロちゃんのおかげで、持病のおかげで、Iメッセージを伝えないという選択肢は残されてなかった。
当たり前だけど、伝える前はいつもドキドキします。
久しぶりのこの感覚。
結論から言うと、Iメッセージを過不足なく伝えられた。とは思う。
結果は?
それを求めないのがIメッセージ。
今、振り返ってみても、あれ以上の最善はなかったと思う、自分的には。
でも、まだまだ改善する点はあった。
箇条書きにしとこう。
・自分の思いはうやむやにせず、Iメッセージはできるだけ早く伝える
受け取められなくてケガした痛みは、時間薬で消えてはいくけど、即伝えることで、早く癒える
・伝える前に、とっても言いにくいということもちゃんと伝える
(自分の思いを相手がどう受け止めるかを考えると、不安になって切り出しにくいのが正直なところ)
→そうしておいたほうが、相手は話を聴く態勢を作りやすくなる
・Iメッセージを伝えて、自分が予想してた答えが返ってこないのは普通。超普通。
それが年配でも、立場ある人でも期待はしない。
聴きたくないことを、我慢して聴いてくれたことだけでもありがたい。
・言いにくいことを言えたということは、人生に対して挑戦したってこと。
学んだことを活かすも活かさないも自由。
活かさずに我慢したり、誤魔化したり、愚痴り続ける自分と
活かすことを選んで勇気を出して実行した自分
もし、自分が小さい子供なら、どっちが感動するだろう
そして、ふと思った。
Iメッセージを受ける人としての在り方。
メンタルで学んでいなくても、Iメッセージを言える人はいる。
そういう人は、きっと人間関係もスムーズで、人に好かれたり、ビジネスの世界なら有能なリーダーになれるのだろう。
でも、実際は、Iメッセージという形ではなく、単なるお叱りとして受けることが多いと思う。
そのお叱りを自分が受ける側だとして、その時の在り方。
内心、とても傷つくと思う。
悪気があった訳じゃないとか。
言い訳したくなるかもしれない。
今の私なら、そこはグッと我慢はできる。
言い訳もその人の前ではしない。(マナーかと思っているので)
で、ここからが私のこれからの課題。
訳わからない感情までぶつけられたとしても、ふざけられたとしても、よく我慢して最後まで聴いた。
人の話を最後まで遮断せずに聴けるのはほんとに凄いことよ。
と、自分をちゃんと評価する。
そして、も少し上に行きたい。
訳の分からない → 自分が知らない世界がある
ふざけられる → 周りを気にしない
感情をぶつけられる → 自由でいられる
自己中心的 → 自分が一番好き
それはそうかもしれないけど → 認めてあげたい
怒る → 許したい
そんなことを教えてくれる存在に出会えたということだから。
やはりありがたいのだと思う。
今までになかったような、色々なことを教えてくれて、ありがとうございます。
そこまで伝えられるようになったら、もっと凄いな。
そうありたい。
コロちゃんよ、とっても素敵な季節を今までのように堪能できなくなったり、
コロハラ?モラハラ?身近な人へのロックダウンに繋がりそうになったけど、
学んでこれたおかげで、今も学ぶ環境を作ってくれる人のおかげで、どうにか私という人間は健康でいられてるみたいよ。
コロちゃんが来る前と来た後、私は変わったかな?と子供に聞いてみたら、
「お母さんは全然変わってないよ。変わったのは家の中で仕事するようになったことだけ。」
意外だった。
ちょっと不便だなとは思っている。
でも、落ち込んでるようには見えないらしい![]()
あ、でも、少し我慢してることはある。
歯医者を我慢してること。
定期的にメンテしてるけど、コロちゃんが来てから、一度夜中にグッと歯を噛みしめたみたいで、そこの歯茎が時々腫れるようになったのよ。
家にある数種類の歯磨き粉を使ってみたり、ひどい時は痛み止め飲んだり、睡眠時間を増やすことで抑えてる。
あんまり頻繁になるなら行こうと思ってるけど、今は耐えてます。
てことで、はた目には元気そうでも、体にも届いてますよ、コロちゃんの存在が。
そうそう、いいこともあった。
大切な人たちと前よりも近況を報告し合うようになったよ。
久しぶりに話して、福岡で暮らしていた頃、陰陽の両方が存在していたことも、ハッキリ分かるようになった。
陰を選ぶつもりで京都に来て、陰の心地良さが分かり、まだまだ陰の中にポツンと1人でいたいことも。
陰とは暗いってことじゃなくて、静かってこと。
人と触れ合うことよりも、自分自身と触れ合いたいってこと。
それが心地いい。
今でも音楽は好きだけど、誰に見られなくても1人で家で楽器弾いたり、歌ったりしてる人は素敵だなと思う。
みんなでやるのももちろん凄いパワフルなことだけど、そうでしか成り立たない音楽ではなく、
どんな時でも、1人で楽器触ったり歌う人は、神様が応援してくれてると思う。そんな人の音楽は心に届く気がする。
久しぶりにじっくり友達と電話で話してみて、体温がクワァ~~~っと上がるのを感じたよ(笑)
それくらい、人と触れ合うってエネルギーが出てくるんだと改めて。
1年前に比べたら、数値的には病気も確実に良くなってるし、長期戦は覚悟の上。
多分、この病気が治る頃には、人間も少しは地球のことを真剣に考えて、コロちゃんも安心しておうちへ帰れてると思う。
人間の変化を見ていてね。