録画していた音楽番組を見た。

 

ひとつは、竹内まりや特集。

テレビにもほぼ出ないし、コンサートもあまりされていないけど、

楽曲制作を通してのインタビューが胸に沁みた。

 

ある曲の歌詞について、どんな意味合いを持っているかを問われた時、

彼女の答えた言葉は、

 

「ポジティブでもない、ネガティブでもない、どちらかに属すのではなく、ただ日常がある」

 

 

そうか・・・

 

素敵なとらえ方だ。

 

どっちにもぶれていない、ただあるがまま。

 

YELLOW MONKEYのヴォーカル吉井氏は確かこうも言っていた。

 

「どうしようもならないほどの感情を感じていなきゃ、表現はできない。」

 

 

多分、カウンセリングと同じじゃないかと思った。

 

とてつもない感情がある。

人間だから。

 

それを分析するのでもなく、インデックスを付けるのでもない。

 

仮にそうするとしたら、

そういう色眼鏡で自分自身が世界を見ているということになるだろう。

 

表現の世界は、ネガティブも真っ向からさらけ出す。

 

それを見る者は、そうだよね、うんうん、そういうもんだ、自分もそうだった。

相手の世界を受け止めて、一緒に感じる人もいれば、

自分もそうだったんだけど、こういう見方もあるんじゃない?

だからこう考えてみたほうが絶対楽だよ、

早く楽になんなよ、と自分の世界を提供する人もいるのかもしれない。

 

果たして、どちらが相手にとっての本当の優しさなんだろうか。

自分の世界を差し出すことと、

相手の世界をあるがまま受け止めること。

 

 

竹内まりやは

 

ネガティブでもない、ポジティブでもない、いつもの日常があると。

 

これはカウンセリングで、また、日常生活を送るにおいて

とても大切なこと。

 

一番大切なのは、その人にはそう感じたということ。

なぜ、そう感じてしまわなければならなかったのかということを理解しようとすること。

 

その人の世界は、本当はどんな色彩でどんな形をしているんだろう

その理由を、自分は本当に理解しようとしているんだろうか

 

相手への理解や優しさについて

見つめ直すきっかけになったような気がする。