3月もあと1日!
はっやいな〜!!!
というわけで、
明日(!!)から始まる保育園の準備を進めていました
先日パレスホテルへ行ったら桜が綺麗だったな〜
持ち物にお名前書きしたり
2号を健診に連れてったり。
健診ベッドで待つ間もパズル
中でもわたしの中で1番の準備は
お嬢の哺乳瓶の練習でした🍼
保育園の説明会を聞きに行った時点ではまだ母乳オンリーだったのでドキドキ!
お嬢は少し舌小帯が短いらしく
(助産院の院長が気づいてくれた!)
手術の必要があるほどではないんだけど
舌が絡みにくいのと
飲み始めるとむせやすいので
合う哺乳瓶を見つけるのに少し手こずって
3種類目でようやくいい感じのものを発見♡
乳首の感じと
あとね、これね空気孔のサイズを調節できるの!!優秀!!!
でね、
今月ボチボチとミルクの練習をしててね、
哺乳瓶をくわえさせてるとなぜか胸がチクッと痛むことに気づいたの。
そういえばこれ
2号の時もあったな〜と思い出す。
当時は「罪悪感があるな〜」とかって
ものすご〜く適当に
ものすご〜く雑に
結論づけていたので
(1号の時は胸がギュ〜ッと苦しくてその“罪悪感”に押しつぶされそうになってたな)
じゃあそもそも何に罪悪感なの?
なぜそう思うの?
その先の願い(本当の本当の願い)は何だったの?
そういうことまで行き着くこともなく、
さっさと流してしまっていたな。
最近すごく思うのだけど、
それって「スルー」してるのとおんなじなんだ。
さっさとスッキリしてしまうことを、
さっさと結論づけてしまうことを、
わたしの女性性は望んでいないんだよ。
感じた違和感や
痛み、悲しみなどの“ネガティブ”な感情は
“嫌なもの” でもないし
乗り越えなきゃいけないもの でもないし、
もちろん 自分を責めるためのもの なんかでもなくって、
本当は、より繁栄へと向かうインスピレーションなのだ。
=自分の魂の望みを知るためのサインなのだ
わたしはこれまで
この「胸のチクッ
」や「ギューッ
」を
ちゃーんと見ずにスルーしてたんだなぁ
ということに気がついて、
この「胸の違和感」を3人それぞれについてなんだったのかな?って改めて自分に確認してみたんだ。
1号の時。
3ヶ月までおっぱいが順調に出ずにミルクと混合だったのだけど
当時はもう本当に「いい母とはこう!」っていうのがたくさんたくさんありすぎて、
(そしていい母にならなければ子どもがちゃんと育たないって思ってた)
その中に「母乳で育てる」というのも入っていたから
ミルクをあげる度に
あぁなんて申し訳ないことをしてるんだ
おっぱいが出ないとか母親失格かも
←大げさ
わたしだけ出ないとかダメダメすぎる
←母も妹もたっぷり出て何のトラブルもなく完全母乳で育てていたため
このせいでムスコがどうにかなったらどうしよう
←ほんと大げさ
大げさすぎて今思い返すとびっくりしちゃうけど
こんな風に本気で思っていました。
今なら全部幻(事実じゃない)ってわかるんだけど当時は大真面目ですよ
さらに、
いい母とはこう!がめちゃくちゃあった上に
ミルクをあげること=負け
という勝ち負けの設定があったのです。
おおもとの設定が勝ち負けだから
ミルクをあげる度に自動的に“負け”、=ダメ親だと感じて胸がギューッと苦しくなっていたのが1号の時。
そして当時わたしは、
苦しみは克服することでしか消えないと思っていたし、
「ダメ」もまた努力して克服しなくてはいけないと思っていたから、
その後
本当に本当に必死で完全母乳を勝ち取ったのでした。勝ち負けの設定だったのでまさに字のごとく。
こうして勝ち取った完全母乳は「優越感」だったなぁと思う。
そしてさらにね、
苦しみを克服してこそ幸せは得られる
頑張って得たものこそ本物
という設定もあったから
(こちらは子育てだけじゃなくあらゆるものにありました)
完全母乳になってからも
たくさんたくさん試練(苦しみ)が待ってました
しょっちゅう母乳トラブルに見舞われました

もともとはじめは1号の育児ブログとして始めたブログなので最初の頃にはそんなトラブル事情とその対策がたーくさん載ってます。
本当に、
いつも願いは叶ってたなぁって思う。
苦しんでこそ
克服してこそ
って願ってたから
いつもいつもしんどい出来事が起こっていたなぁ
そんなこんなの1号の時。
そして2号です。
妊娠中から
わたしが1号の時の持っていた
「いい母とはこう!」というやつをやめただけで母乳はドバドバ出るわ、ノートラブルだわで。
本当に何も問題なしでした。
何度かブログに書いてるけど
ずっと何かしらのトラブルを抱えていた1号も、「いい母とはこう!」をひとつずつやめていくとどんどん問題がなくなったのだけど。
2号に関しては本当に本当に
妊娠中から全く何も問題ありませんでした。
あまりにも順調でミルクあげるタイミングもなかったのだけど、
6ヶ月頃、
そろそろ保育園に行かせたいし、
入れなくても時々預けたいし、
練習してみようかな
と思い飲ませてみる。
その時「胸がチクッ」となったのでした。
この時は6ヶ月間母乳オンリーだったから
練習してみるも哺乳瓶は嫌がって
嫌がって泣く姿を見て
胸が「チクッ」としたと同時に
逆になんだか「ホッ」としたわたしがいました。
この胸の「チクッ」と「ホッ」について
当時は
「チクッ」→まだまだミルクを飲ませることに罪悪感があるのかなぁ
別にミルク飲ませることが嫌なわけではないんだけどな
っていう感じで、
なんとなくさらったものの、
「罪悪感であれば、感じて、乗り越えよう」
みたいに思って
ものすごく雑に処理したなぁって今思う。
ちなみに
「ホッ」については華麗にスルーしてました。
(認識すらしようとしてなかった)
↑
当時は
「罪悪感が出た時こそ乗り越えること」
って思ってたし、
それはイコール、
罪悪感に負けるな
って意味だとわたしは思ってた😅
で、「罪悪感に負けない」とは
=自分を責めないこと
だと思ってた!!!汗
ものすごく勘違いだわ
だからね、
結局やってたことは
罪悪感に負けない→思考で黙らせてた
だけだったんだな。
罪悪感に負けて自分を責めてた1号の時と
罪悪感に打ち勝とうとして自分を納得させてた2号の時
結局おんなじで
前提は勝ち負けだったんだな。
今になってようやくちゃんと見れた。
だからね、2号にミルクをあげて「胸がチクッ」となった時、
何度か飲ませようとチャレンジしたんだけど
2号が全然飲まなくて
やっぱり飲まないか
じゃあおっぱいだけでいいか
飲んでくれないとおっぱい張るしね
ってね、さっさとスッキリさせたんだよね。
↑
そしてここに「ホッ」としたわけです。
きっと、
2号の時は何のトラブルもなく完全母乳で育てました!
って証明したかった(勝ち取りたかった)のだなって
今回お嬢にミルクをあげていて
胸がチクッと痛んで
それをしっかり見たときに
ようやくようやく2号の時のチクッの正体がわかったんだ。
(だから願い通り結局2号は哺乳瓶でミルクを飲むことなく断乳までに至りました)
当然ながら、
母乳がどうとか
ミルクがどうとか
そんな話をしてる訳ではなくって、
わたしの中の設定や
それに基づく思考や感情の話をしてるのでその点誤解なく伝わるといいな。
そして、今回すべてが繋がった。
長くなるので続きます♡
✯✯✯
【ただいま産休中】
もりながみはるの各メニューの再開のご案内はまもなく。
5月より新メニューへ変更予定です。










