今日は上から受け取ったメッセージをつらつらブログに書くね。
今までの日本は「忍耐」や「我慢」が美徳とされてきましたよね。
戦争を終えてからは、国を立て直すためにみんなが一致団結して頑張ってきた。
そのエネルギーがあったからこそ、今の日本の発展があります。
だけど今は、もうあの時代とはまったく違う。
物質的にもインフラ的にもこれまで以上に整い、今や数十万円もするスマホをほとんどの人が持つ時代になりました。
昔の人から見たら、まさに「近未来の世界」だと思います。
かつては「発展のためなら多少の犠牲や不正も仕方ない」という空気があったけど、これからの時代は、
その犠牲や不正を正す時代
になります。
つまり、
我慢の上に成り立つ幸せの時代は、もう終わりなんです。
なのに今も、多くの人が「昭和や平成の脳みそ」で生きています。
(誤解のないように言うと、昭和や平成に生まれた人を指してるわけじゃなく、あの時代の思考のクセみたいなものを例えとして使っています)
自分をいじめたり、我慢させたり、抑圧したり、ダメ出ししたり、必要以上に正したり。
でももう、それでは輝けない時代になりました。
これからはもっともっと、「楽しいこと」や「面白いこと」をしていく人が輝く時代になります。
というかもうそのエネルギーに片足を突っ込んでいますよね。
誰かの期待に応えるより、自分が心から楽しんだり、喜んだり、満足できるかどうかを問われるようになりました。
以前は「個性」や「派手なこと」「人と違うこと」をすると、出る杭を打たれる空気感もありました。
けど今は違います。
もし、誰かがあなたを批判したとしても、それはその人自身がまだ「昭和の脳の世界」に生きているというだけです。
きっとその人も何かを抑圧しているのでしょう。
自分が楽しい、嬉しい、心地いいと感じることをしていると、内側からエネルギーが湧き上がり、それがオーラとなって周りに伝わります。
内側から発光していている人って魅力的に感じます。
魂はそもそも、「自分という存在を生き切るため」に生まれてきています。
だから、最初から「自分のためではなく、みんなのために」と考えて行動すると、どこかでエネルギーがねじれてしまうんです。
本当のクリエイティブな生き方とは、
まず自分が喜びを感じること。
そこから自然と、周りも照らしていきます。

そして、もしかしたら、私たちが「我慢」や「抑圧」をしてしまう根っこには、
母親の姿があるのかもしれません。
今の70〜80代以上の世代は、「贅沢しません勝つまでは」精神の中で育ち、我慢を美徳とし、お国や社会のために歯を食いしばって頑張ってきた人たちです。
だから、自分の好きなことをして楽しむ人は少なかった。
「自分だけが得をしてはいけない」という刷り込みが、その世代の中には強くあったと思います。
そういうお役目の世代でした。
そんな親の姿を見て育った人々(今の50〜60代)は、どこかで「自分もそうしなければ」と思ってきた。
だから、無意識のうちに楽しむことへの罪悪感みたいなものがこびりついているんです。
そのため、自分だけラクしようとしている人や好きなことばっかりしている人を「自分勝手」とか「ワガママだ」と思うし、自分自身も他者も監視し、批難してきました。
そして現在の30〜40代の人たちは、ちょうどその移行期間にいる世代で、我慢の時代と、自由に楽しむ時代のちょうど狭間に立っています。
今生まれてきている子なんて、まさに自分を生かして、楽しむ世界を作っている子たちですよね。
協調性がないと思われる子が増えても全く不思議なことではないんです。
今は不登校や発達障害というラベルを張られてしまうかもしれないけど、それも新しい時代へ移行している一つの証なんです。
(これらの印象も今後さらにフラットになってきますよ!^^)
そして、これからはもっともっと(たけもっとー!!)
楽しく輝ける時代になります。
ぜんっぜん、オワコンでも終末期でもないんよ。
私はそんな世界のグラデーションを見にきていて、地球でたくさん遊ぶために来たのだった。
そんなことを思い出しました。
だからこそ、自分を抑えてしまう癖も、
誰かの期待や常識に縛られている癖も、
意識して、気づいて、
「楽しい」「心地いい」「好き」
を取り戻していこう!
これが今の魂が本当に望んでいる生き方。
そしてその喜びこそが、これからの時代を明るく照らしていきます✨
このブログをここまで読んでくれたあなたは、
「我慢が美徳モード」でまだ過ごしたいのか、
もっと楽しんで面白がって過ごしたいのか、どっちですか?
移行期に生まれてきた人なら、どしどしアップデートしていこう!!😆
そして一緒に地球で遊ぼう!!!🌏✨💞
では!!!
最近自分の中でのアップデートがすごくて、もともと持っていた感性と感覚が蘇っている。
だからこそ創作意欲も湧いて、自分の中に本来あったものを生み出したくなっています。
私はこういう表現がしたかった。ずっとずっと。
言葉にはできない内側の世界を、言葉以外でも伝えたかった。
言葉は時に窮屈で、範囲や形が決まってしまって、「そうじゃないのに」と感じることが多々あります。
正解も枠組みもカテゴライズも、それが苦しくなったら反転させていく。
そんな反転を何度も何度も体験して、私たちは魂を磨き続けているんだから。
