久しぶりに斎場御嶽へ
向かいました
梅雨空の中で濡れること
もなくて行けました

ひときわ惹かれた場所は
三庫理サングーイの手前に
位置する神聖な拝所✨

画像お借りしました


水滴が落ちる様子は
ここ何年も見る事が
なかったから‥

その受ける壺を
‥👀✨
しばらくジッと
眺めていました

降り続く雨のおかげ
なんだろうと思って
係の方に声をかけると

”雨のおかげ
と普通に思いますよね
晴れた日でもあります

地表に降った雨水は、
まず巨岩(琉球石灰岩)
の上にある鬱蒼とした
木々や土壌に吸収
されて
そのあと時間をかけて
分厚い岩の割れ目をじわ
じわと浸透し、ようやく
鍾乳石の先端に辿り
きます”
カルシウムたっぷりの
水ですよ🤭



琉球国王の王子のこと‥

聖水の話になりました✨

話の内容を思い出しながら
調べてみました

天から垂れる2本の
鍾乳石から滴り落ちる
「聖なる水」を受ける
ために、前後に置かれた
2つの壺です。
⬇️



「聖水(霊水)」


天の恵みが大自然のフィ

ルターを通り、長い

時間をかけて一滴ずつ

壺に

まっていくからこそ、

かっての琉球王国でも

特別な霊水

として崇められていた

‥とありました


奥の壺

シキヨダユルアカガヌビー


琉球王国の最高神女である

聞得大君御水撫で

(ウビナディー・指につけた聖水を額に

つける儀式)に使われました


手前の壺

アマダユルアシカヌビー


首里城の王子(中城御殿)

の儀式に使われました。


壺に溜まる水の量などで

吉兆を占ったり正月の

若水取りの儀式で霊水とし活用されていました。


若水取り

新年(旧正月)の未明に、王府の繁栄や

国の吉凶を占うとともに、国王や最高神女の

長寿健康を祈願して、御嶽内にある霊水を

汲み上げる琉球王国時代の神聖な儀式



「一滴の水」になるまで

の長い時間はとても

神秘的


書きながら‥


”大河の一滴”

と浮かんで調べたら


 1998年に出版された五木寛之氏の人生論

エッセイです。どんなに大きな川(社会や

国家など)も、始まりをたどれば山の頂から

落ちる「たった一滴の雨水」から始まる

ように、人間もまた宇宙から見れば小さな

一滴に過ぎないということを説いています。


この本は読んだことなかったけど興味津々です。


人生は苦しみと絶望の連続であると受け入れる

こと(諦めること)から、真の生きる希望が

始まるという究極の人生哲学。


何気に過ごしてきた

時の流れを重ね合わせ

一滴の凄さに

ハッとさせらた時間

でした(・・;)✨


梅雨入りは5/4頃で、

昨日は大雨☔️

一昨日は雷も凄かった


梅雨明けは間近です


☘️☘️☘️


備瀬にて‥




5月の終わり頃

三線の講習会(3回)

を受けました

結構シニアの方々が

多かったです😅✌️


若い頃はまったく興味

を持たなかったのに

このタイミング‥

今なんだ╰(*´︶`*)╯♡


わらべ唄しか知らなくて

三線を習うのは初めて

練習しました


”歌って弾けたら楽しい

だろうなぁ🤭”


できる範囲で楽しみたい

ので中古の三線を探し

ていたら、タイミング

良く講師の方から安く

で譲って貰いました


若い頃にギタークラシック)

やっていたので久々

の弦楽器にワクワク

してます😅

安波節


先ずは一曲でも

唄って弾けるように

楽しみます♪


╰(*´︶`*)╯♡